第11話 へんおに

 口噛み酒と箒作りは順調に進んでいった。

 十分な量の酒が集まったので、再び酒を酒で濾して貴醸酒を作る。

 近づくだけで酔いの回りそうな、濁り酒が姿を表す。

「出来具合を味見するッス」

「ダメ、絶対」

「ちぇーっ、気になるッスねぇ……」

 残念がるマナちゃんには申し訳ないが、流石にここでお約束の流れを作るわけにはいかない。

 何人たりともこの酒ツボに近づくことは許さない。

 特にドジっ子メイド、酒呑み幼女、黒髪の乙女は白線の内側までお下がりください。


「これ、作ったのはいいけど、これからどうしよう。オロチは酒を飲めば酔いつぶれるだろうけど、スサノオ役は酒呑童子だし。あいつはこの酒なんか飲まないだろうしな。酒呑童子に無理やり飲ませたところで、オロチが残るのはどうしようもない。どちらかを退治できてももう一方が残ってしまうな」

 わたしがどうしたものかと考えていると、不思議そうな顔でマナちゃんがこちらを眺める。

「同時にどっちも退治したら良いんじゃないッスか?」

「それが出来たら苦労はしないさ」

「んー、出来なくはないッスよ。そのためにタネは撒いたし、フラグも立て掛けたッス。後は仕掛けを回収するだけッスよ」

 わたしはマナちゃんの言っている意味があまりよく理解できなかったのだが、自信満々の彼女の様子から、恐らく何らかの確証があるのだと思う。こういう時の彼女は根拠のない自信は示さない、はず。うん、多分きっとそう。


「いざとなれば恵方巻き投げつけてやるッス」

 違った。

 根拠のない自信だった。

 投げつけるならせめて鰯の頭の方にして。

「ん? 恵方巻きって何の意味があるんスか」

「あれの元ネタはくだらないお座敷遊びみたいなものだから……」

「そういえばセンパイが言ってたッス……黒塗り文化がどーとか」

「よしマナちゃん、話題を変えようか」

 これ以上話を広げる気はないぞ。


「そーいえば酒呑童子ってもはやゲームのキャラとしての方が有名な気がするッス」

「確かに。有名所には出ている気がするね」

 だいたいどの作品も似たような姿格好で二本の角をニョキッと生やした感じ。

 人間要素を残しつつ人外っぽさを演出しているものが多い。

 最近の鬼のイメージって肌の色とか顔つきとか、色々配慮が必要な時代になってしまったのだろう……悲しいかな。

「なんスかあのミョウガタケみたいな角」

「しまった、この子ただの幼女好きだ!」

 今この娘、過去の英霊とか出てくるあのゲームのことしか眼中にないぞ。

 しかもイラストレーターは世界征服を企てる秘密結社とか、時の谷に迷い込んじゃうやつとか、喋るモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)と旅するやつとか担当している人ときたもんだ。

 コーハイの影響を地味に受けている……。

「似てるけど違う絵師さんッス。その人は夏イベで配布してるタコの娘の方ッス」

 やべぇこの娘超詳しくなってる。

 そして相変わらず地の文に対して平気で突っ込んでくる。

「ちなみにミョウガタケはショウガ科・ショウガ属で、いわゆるミョウガとは別の食べ物ッス。色合いは似ているッスけど、ミョウガは蕾みたいな部分を食べているのに対して、ミョウガタケはタケノコみたいに地表に姿を表す茎の部分を食べる感じッス。イメージとしては細いタケノコ、つまりハチクみたいな見た目のやつッス」

 なんてわかりやすい説明。

 ちなみにミョウガは自生する植物ではなく、人が育てないと絶滅しちゃうのだ。

 どうだ、ムダ知識が増えただろう。

「ちなみにミョウガタケは甘酢漬けにしてカレイの煮つけに添え物として出したり天ぷらにして食べたりするッス。酸味が効いていて超美味いッス」

 ちなみに関西で出てくる赤い謎の天ぷらの正体は紅生姜である。

 ……なぜ張り合っているんだろう。

「あんなやわな角、ポキっと折ってやるッス」

「いや、それは駄目」

「折れたところからまたニョキニョキっと生えてくるはずッス。……永久機関じゃないッスか!?」

 マナちゃんは真理を発見したみたいな真顔でこちらを見る。

 残念ながら鬼の角からミョウガタケが無限に生えてくるような永久機関は存在しない。

 人間だって永久歯は生えっぱなしだ。

 鹿の角は生え変わるけど。

 馬の鬣も生え変わるけど。

 鬼の角……は、どうなんだろう。


「ところで昔ながらの威厳あるドリッてる角の鬼なんて最近見かけないッス」

「確かにドリル系の角はあまり見ないね。肌の色と同化しているような角が最近のトレンドってやつなのかもね」

「やっぱりドリッてる角って言ったらダーリンでお馴染みの鬼っ娘だっちゃ、ッス」

 マナちゃんは早着替えで巫女服から一点、虎柄ビキニに虎柄ニーソックスで完全にあの鬼っ娘衣装に仕上がっていた。


 ――いやちょっと待って、この物語史上最大最高の露出なのでは。

 ちょっとこんがり焼け気味の褐色気味の肌も日焼けみたいな感じで、肩とか鎖骨の下とかは全然白い柔肌で、臀部の辺りや太ももなんかもちょっと白い部分がまた対比されていて、普段露出している部分とそうでない部分との違いがとてもわかり易く、それがまたなんとも健康的で美しい。いやいやこれは芸術的な美しさであって決してそんな不埒な目で見るとかいかがわしい感情を持って見るといった行為は寸分も存在しないなんてことはないことをここに誓おう。あれ、何言ってるんだ。逆だ逆。

「…………」

 ちなみに一瞬だけ視線が胸に移動した後、視線を上げたらにっこり微笑むマナちゃんの姿を捉えたのでもうこれ以上わたしの口から説明することはなにもない。大小や形の美しさなど語る必要もないほどに「みんな違ってみんないい」なのだ。決して地の文でも思考ハックされてしまうメタ能力を前にして怖気づいてしまったわけではない。沈黙は金、雄弁は銀なのだ。ミロのヴィーナスの腕と同じで想像するのが芸術性を高めるのと同じことで、語ってしまったらそれはもはや一つの解でしか無いのだ。無数の解を提示するのもまた芸術としての美しさであり――

「シショーが壊れるので最近のトレンドにするッス」

「ああーっ!!」

 マナちゃんの衣装がカチューシャにメイド服に変わる。

 そっちかよ!

 ……いやこれはこれで良いけど。

「むしろそいつ角のないキャラっていうか、何ていうか……いや無いわけじゃないんだけど」

「ツノアリツノナシメイドッスね」

「どこの面倒くさい虫だよ」

「角アリ版っていったらやっぱり巫女服ッスね」

 元の巫女装束に戻る。

 なんだかんだで一番見慣れてるな。


「それじゃあ何度も異世界転生を繰り返して優しい鬼っ子の居る世界へ旅立つッス」

「やだよそんな地獄のような展開!」

 辛辣な赤鬼に慈愛の青鬼。

 色だけはちゃんとステレオタイプの鬼だな、あいつら。

「ピンク髪ヒロインは不人気の証……」

「それ以上はいけない」

 これ以上敵を増やす行為になんの意味があるというのか。

 辛辣な台詞まで真似しないで。


「よく考えたら酒て……童子-Sって異世界転生してきたよーなもんッスね」

 ちょっと素に戻ったマナちゃん。

 ちなみに上で酒呑童子と言っているのは一般的な話であって、今回の物語に出てくる酒呑童子のことではないからセーフ理論。

 というか無理やり最初の話題に戻ったな。

「どうしたもんかな。いっそのこと金太郎でも連れてくるとか」

「でもあいつ無料の学食でおごるぜって言ったり、一人につき一つの列に何度も並び直すケチな大悪党ッス」

「その金太郎は役に立たないからやめておこう」

「怪童丸がどうかしたか」

「だから金太郎は役に立たないって話だよ」

「シショー、誰と喋ってるんスか」

「……え?」

 声のする方を振り返ると、大胸筋をピクピクさせながら仕上がった体を見せつける童子-Sの――酒呑童子の姿があった。


「胸がはちきれそうッス」

「ふんっ!」

「背中に鬼が宿ってるッス!」

「はっ!!」

「マッチョのインベーダーゲームッス!!」

「どこのボディービル大会だよ!」

 マナちゃんの掛け声に呼応するように見せつけるんじゃない。

 まったく緊張感のないラスボスの登場シーンであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る