第08話 ダイジャのO


「シショーは冷静ッスね。まるでスサノオの正体に気付いていたみたいッス」

「まあね、所々この時代にそぐわない発言があったからさ。小野小町とか、都とか」

 あとは怪童丸か。いわゆる金太郎のことだ。

「なるほどッス……それがシショーが引っかかってたことの正体ッスね」

「そう。やっぱり試してみて良かったよ。あの酒を飲ませれば正体が暴けるんじゃないかって思ってね」

「酒呑童子って名前のくせに酒に弱いんスか。名前負けッス」

「いや酒好きなのは確かだよ。ただ、あれは清め酒というか、鬼たちにとっては毒なんだ。起源を辿ればヤマタノオロチ退治に用いられたから、ということは言えると思うけど」

「へー。あ、そういえば酒呑童子と茨木童子って何が違うんスか?」

「酒呑童子は鬼の頭、茨木童子はその部下だよ。よく一緒くたにされるけど、酒呑童子の方が格が上なんだ」

「なるほど、つまり童子-Sの方ッスね」

「急に格好良い!」

 韻を踏みながら愛の歌とか歌ってそうな名前。

「クックックッ、只者じゃないと思っていたが、お前らもこの時代の人間ではないのだな」

 不敵な笑みを浮かべながら鬼が言葉を続ける。

「――そうだ、酒呑童子と言えば平安時代のおとぎ話だろう。それがなんだってヤマタノオロチの神話にスサノオとして登場しているんだ!?」

「ああ? お前が自分で答えを言ったじゃあねぇか!」

「え?」

「あの酒で作った聖なる酒。あれは俺達にとっちゃあ毒だ。なんでそんなものが生まれたのか。元を辿ればこの時代にスサノオがその酒でヤマタノオロチを退治したからだ。つまり、この世界で『酒は穢れを祓うのに役立たない』ことにしてしまえば俺たち鬼を退治することはできなくなるって寸法だ。そのために首だけになって彷徨い続け、ようやく辿り着いたのがここってわけだ。スサノオに成り代わって、酒を役に立たないものにしてしまえば俺の命などどうでも良いことよ」

「これが今回のティンカーの正体ッスか」

「なるほど、通りで同時代の他の書物には差し止め判がなかったわけだ。まさか未来からやってきていたとはね。それも、こんなピンポイントで」

 鬼の登場にたじろいでいると、別方向からも村人の叫び声が聞こえる。


「お、おい! あれってヤマタノオロチじゃないか!?」

「あの化物が山を崩し、田畑を飲み込みながらやってくるぞぉ!!」

 喧々囂々、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

「カモがネギを背負ってきたみたいッスね。意味は真逆ッスけど」

「鬼が蛇連れてくるとか凶兆でしかないよ!」

「そっか、これが『鬼が出るか蛇が出るか』ってやつッスね」

「鬼も出たし蛇も出た。バッドエンド確定コースじゃないのかこれ」

 遠くからでも巨大さが伝わるほどの化物が蠢きながら近づいてくる。

 八つの頭は四方八方に首を伸ばし、まるで球体のようでこの村すら飲み込んでしまうのではないかと思えるほどの大きさだった。

 村の手前まで来てその蠢く塊はピタリと動きを止め、その場でしばらくもぞもぞと立ち往生していた。

「絡まった電源コードを解いてるみたいッス」

「よくあるけどさ、それ」

 ホコリが溜まっていると全く触る気が失せる。

「グ……」

「グギャャャアアアアア!!!」

「ガァァァァアアアア!!!」

 次々とけたたましい咆哮が鳴り響く。

 晴天が嘘のように天候が荒れだし、豪雨が降り注ぐ。

 まるでヤツが雨雲を連れてきたかのようだ。

 その塊だったものはそれぞれ八つの頭を前後左右に向けて周囲を威嚇する。

 前方を向いている頭のうちの一つが村をゆっくりと見定めて、その口を開く。

「旨い酒の匂いがしたから駆けつけたってのに、ピタリと匂いがしなくなったぞ? おい人間ども、酒をどこにやった」

 その声は低く地ならしのように響き渡り、耳をふさいでもなお衝撃が飛んでくるようなけたたましいものだった。

 そして、酒臭い。

「さ、酒ならここにあるだろう!」

 一瞬たじろいだ後、酒呑童子がツボを指差す。

「え? いやいや何言ってるの。酒の匂い全然しないし。ただの水じゃん」

 先ほどとは別の頭が喋りだす。

 こっちはフランクな口調だった。多分イケメンキャラだ。

「おいおい待ってくれよ、こっちは向こうの村滅ぼすの中断してやってきたってのに骨折り損じゃないか。冗談じゃない。こんなところ、俺は帰らせてもらう」

「ってワシら一心同体やないかーい!」

 今度は別の二匹がボケとツッコミを始めた。

 ……怪物だよね?

「とんだ期待はずれだな。面倒だし、先にこの村から滅ぼしてしまっても良いのだぞ」

 最初の頭が再び低く唸りながら続ける。

 村人たちの顔が一瞬にしてこわばる。

 そこへ颯爽と踏み出し前に立ちはだかる一人の女性の姿が。

「やれやれ、こんな水みたいなものを酒と言ってしまうとは、本当のお酒を飲んだことがないんスね」

 マナちゃんだった。

 いや、酒じゃないって言ってるじゃん。

「なんだと?」

「もう一度この村に来ると良いッス。本当のお酒ってものを味わわせてやるッス!」

「……ほう。それは楽しみだな。良かろう。ならば次の満月の夜に再び来よう。旨い酒を飲ませてもらおうではないか」

 マナちゃんの言葉に納得したのか、踵を返して村を後にする。ヤマタノオロチに踵というものが存在するかはこの際気にしてはいけない。

 ヤマタノオロチの帰還とともにね文字通りの嵐が去った。

 再び太陽が周囲を照らし、曇天は消え失せる。

 しかし濡れた土だけが嵐の襲来の爪痕を残している。


「やれやれ。ただの引き伸ばしに終わっただけか」

 口を開いたのはスサノオ――に化けた酒呑童子だった。

「おい人間ども。俺はお前たちの村がどうなろうが知ったこっちゃない。ただヤマタノオロチと勝負がしたいだけだ。その化物が再びここに来るというのなら、その時を待つだけだ」

 そう言った後、ちらりとクシナダの方を見やる。

「ただしお前は助けてやらんこともない。俺の嫁になるのならば、この村に残ってあいつを退治してやろう」

「誰が鬼の嫁になんかなるものですかっ!」

 瞼を下ろし、思いっきり舌を出してあっかんべーのポーズをとる。

 一度は承諾してたけど、正体が鬼となると話は別だわな。

「……ふん。どうせあの化物の生贄となるか、俺の嫁になるかの違いでしか無いというのにな。まあいいさ。せいぜい満月の夜まで怯えて暮らせ」

 吐き捨てるように言いながら、酒呑童子も村を後にした。

 重たい沈黙だけが村に残った。

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