第08話 有情店街直通

 白いレンガが敷き詰められているかのような歩行者用道路が蛸薬師通ではあるが、その美しさは昼間では楽しめない。

 日の当たる時間は絶え間なく続く人の往来と左右に見える様々な看板に目が向きがちだ。

 寺町通との交差箇所に公衆トイレが用意されている便利さや、その交差までに一つある細い交差点に入れば南北どちらに向かおうとさらなる京都らしい趣を感じられる空間が広がっていることに気づくにはもう二、三度静かな蛸薬師通を歩く必要がある。

 もちろん今のわたし達にそんな余裕はなく、藍色の着物の男を追いかけるのに精一杯だった。 無双系のゲームのように人波を一掃できたらいいのに。

「一蘭の匂いが外にまで漂ってくるッス」

「地味に京都はラーメン激戦区!」

「あ、猫カフェ」

「今はあと!」

「サイクリングショップもあるッス」

「この周辺じゃ自転車は押して歩いてね!」

 最近は自転車の条例も厳しくなってきたから条例を守って人の迷惑にならないよう気をつけましょう。

 最近って言っちゃった。まあいいか。


 寺町通に入ってなおその男は移動する。

 やはり洋服だらけの周囲には馴染まない藍色の和服だった。

 わたし達も同じ穴の狢ではあるが。

「む、今度はムジナ鍋ッスか」

 マナちゃんの食事に対するセンサーは地の文にまで及ぶのか。

「そもそもムジナ鍋なんて無いでしょ」

「いえいえ、アナグマを使ったジビエ料理をムジナ鍋と呼ぶらしいッスよ。きっと美味しいッス、一度食べてみたいッスね」

 じゅるりとよだれを垂らしながら味を夢想しているが、特別興味はそそられない。

 ちょうど寺町通との交差点には屋台がいくつか並んでおり、美味しそうな肉を焼いた匂いが漂ってくる。

 彼女の言う毎日お祭り気分もこの雰囲気なら納得だ。

 ……そうじゃなくって、今はあの男だ。


 寺町通の人波をかき分けて進むと、その着物の男はとある場所で立ち止まった。そのまま店の中に入っていってしまう。

 急いでその店まで行くと、その出入り口には小さなのぼり旗が掲げられ、紫がかったそれには大きく「丸善」と書かれていた。

「……あれ? ここが丸善? どういうことだ!?」

「明らかに最初のお店とは違うッスね。何ていうか、普通の街の本屋って感じッス」

 アーケード街の一角として軒を連ねる商店の中の一つといった具合で、巨大なビルでもなければ地下に降りる階段があるわけでもない、至って普通の店舗として丸善の姿がそこにはあった。

 派手さや華やかさは感じられなくとも趣が感じられ、歴史が古そうな様子が伺える。

「いつの間にか移転しちゃったんスかね」

「同じ物語の中でお店が移動したなんて前代未聞だよ……。ここは不思議のダンジョンか? 入る度に違うマップにでもなるのかよ」

「梅田のダンジョンとどっちが怖いッスか?」

「あれは地下迷宮だ。一度潜ったら二度と抜け出せない」

「そんなに恐ろしいんスか……」

「ただし迷ったら地上に出れば割とどうにでもなる」

「あくまで地下だけ迷宮ってことッスね」

 そんな関西屈指のダンジョンの話はこのくらいにしておこう。

「どうみても丸善、だな。書店だし、思いっきり看板掲げてあるし」

「次はこのお店が爆発しちゃうってことッスね」

「え、あの爆発で本当に丸善なくなっちゃったとか、そういう話?」

 まさか。

 いや、でも否定しきれないのも事実だ。

 檸檬爆弾により丸善一号店は木っ端微塵になりましたとさ。ああ恐ろしや、恐ろしや。

「んな、アホな」

「半端な関西弁は嫌われるッスよ。イントネーションでバレないからって調子に乗っちゃダメッス」

 まさかのマナちゃんからのダメ出し。

「とりあえず、入ろう。ここが本当に丸善だというのなら、物語は進むはずだ」

「りょーかいッス」

 懐疑的ではあるが、わたし達は丸善らしき書店の中に足を踏み入れる。


 店の中は至って普通の作りだ。

 背の高さと同じくらいか少し高いくらいの本棚が直線上に並んでいる。年季の入ったそれらはよく見ると細かな傷があり、売られている本も長らく本棚に入りっぱなしで、上部が少し色あせているようにも見える。

 小さな文庫本から専門書、古書まで幅広い年代やジャンルの本があり、そこはやはりよくある街の本屋よりは本格的な品揃えだ。

 人がすれ違えるかどうかくらいの幅で、お世辞にも広いとは言えない。パッと見で他のお客も見えないし、あまり繁盛しているとは思えない雰囲気だ。

「こんな狭い店内なら、さっきの男なんてすぐに見つかるだろうな」

 そう言ってみたものの、店内に誰かいる様子は感じられない。レジの前に店番すら居ない。

 なぜだろうか。まるで人の気配がないのだ。さっきの着物男が入っていくのをこの目で確認したにもかかわらず、だ。

 不穏な空気を一掃するため、ひたすら店内を歩き回る。

 手持ち無沙汰でラムネ瓶を親指と人差指の指先でぶら下げていると、影がちらついてより不気味さが増したような気がする。

「後ろについて歩き回ってるとゲーム気分ッスね。エンカウントしたらどうやって戦うんスかね、こんな狭い空間で」

「そういうことは勘ぐっちゃダメ」

 もしかしたらロープの上とか狭い通路とか、絶対無理だろって場所でも普通に戦えることが勇者パーティーの条件なのかもしれない。


 店内の配置も当然違うため、どこに檸檬が仕掛けられるか見当がつかない。

 あてもなくうろついていると視界の先で何かが動いたことに気づく。

 それはビー玉だった。

 コロコロと無造作に、二つ転がっている。

「なくなってたラムネのビー玉なんスかね」

「そんな馬鹿な」

 転がってきた通路に向かい、角を曲がると、やはりというべきか。

 ここが答えのようだ。

 マナちゃん呑気にビー玉拾わないのっ!

「……なんだ、これ」

 ピラミッド型に整頓され、積み上げられた本の上に載せられていたもの。

 それは――

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