雪の訪れと共に

さおり(緑楊彰浩)

雪の訪れと共に






 山奥にある、ディカーナ村。その村に訪れる者の多くは旅人しかいない。

 隣町へ行く道の途中にあるため、一泊していく者が多いのだ。そのため、この村には宿が多い。宿泊の際に頼んでおけば、食事も出してもらえる。

 それでも、外で食事をしたいと思う者もいる。そのような者たちは、村に唯一ある食堂へと向かう。

 その食堂は夫婦2人で経営している。大勢が来ると2人では大変だが、雪が降る時期は訪れる者も少ないので2人で充分だった。

 食堂の店主は女性で、昔は1人で経営していた。しかし、隣町へ行く途中に立ち寄った現在の旦那に一目惚れされて、1年後に結婚をして2人で経営するようになったのだ。

 そんな食堂に、毎年必ず雪が降ると訪れる者がいた。店主が結婚する前から数えると、30年間雪が降る日は毎日忘れることなくやって来る。

 旦那も何度も話を聞いたことがあったため、一目見たいと思っていた。しかし、実際に会ったら驚いてしまった。

 何故なら、旦那と彼の顔がそっくりだったからだ。旦那は年をとり、彼を見ても面影がある程度になっているが、昔は兄弟ではないのかと思うほどそっくりだった。

 そして、雪が降る今日も間もなく閉店だという時間に彼はやって来た。

「いらっしゃい」

 笑顔で店主が声をかけると、彼は頭を下げてカウンター席に座った。いつも頼むものは同じ。

「アイスコーヒーをお願いします」

「ちょっと待っててね」

 店主の言葉に頷く彼は、テーブルを拭く旦那と目が合うと頭を下げた。旦那も同じく頭を下げたが、不思議に思うことがあった。それは、彼は青年のまま成長をしていないということだ。

 数年前、不思議に思って自分の妻である店主に「あいつは何者なんだ? 見た目が全く変わっていない」と言ったことがあった。その言葉に「あら、この世界にはエルフだっているわ。見た目が人間なのに全く変わらない人がいたっておかしくないわよ」と笑顔で返してきた。

 確かに自分たちがまだ知らない種族がいて、彼がそうなのかもしれないとは思った。だが何年も彼を見ていると、エルフや人間などといった存在とは違うのではないかと思うようになってきたのだ。

 必ず雪が降る日の閉店間際にしか訪れない彼は、何処からやって来て何処に帰るのか。近くの宿に宿泊しているわけでもない。足跡も残さない彼を不思議に思うのは旦那だけで、店主は彼に会えるのを楽しみにしているのだ。

 結婚前からの知り合いだとしても、何処に住んでいるのかも名前も知らないのは何も話さないからだ。

 今も、店主に出されたアイスコーヒーを嬉しそうに微笑んでお礼を言うだけで何も話そうとしない。

 ゆっくりとアイスコーヒーを飲みながら彼は、店主を黙って見つめている。その視線に旦那は思う所があった。

 ――ほんと……昔の俺を見ているようだ。

 本人に気づかれないようにして向ける視線の意味がわかってしまったのは、彼と会ってから5年目。店主に向けている視線が、自分のものと同じだったから気がついたのだ。

 テーブルを拭き終わり、カウンターに近づくと彼が口を開いた。

「今年は、もう来れません」

「そっか……。もう、春が来るのね」

「はい。また、来年に来ますね」

「ええ。待っているわ」

 外は雪が降っているが、どうやらこの雪はこの冬最後の雪のようだ。止んでしまうと、あとは融けるだけ。だから、彼も次の雪が降るまでここへは訪れない。

 一気にアイスコーヒーを飲み干すと、銅貨を置いて彼は立ち上がった。

「美味しかったです」

「ありがとう。また、次の雪の日に」

「はい。次の雪の日に」

 頭を下げて扉へと向かう彼を追いかけることなく2人はカウンターで扉を開いた彼を見つめ続けていた。

 外へと彼が出ると、強い風が吹き、彼の姿を隠してしまう。すぐに風は止んだが、そのときには彼の姿はそこにはなかった。

 静かに閉まる扉。その扉に向けて店主は呟いた。

「またね、冬の精さん」

 呟きに旦那は何も言わなかった。雪が降る寒い日にだけ訪れる彼の正体に気がついていたからだ。

 そして、ここへ訪れる理由にも気がついていた。彼の思いは永遠に伝わることはないけれど、自分と同じ視線を店主へ向けるのだ。気づかないはずはなかった。

 視線を向けられていることも、視線の理由も店主は知らないし、教えるつもりもない。そして、彼の顔が若いころの旦那にそっくりな理由も教えるつもりはない。

 店主の好みの顔。それが、若いころの旦那の顔なのだ。顔がそっくりになったのは偶然だろうが、顔だけでは店主は好きにはならなかったのだ。

 ただ、毎年訪れることは楽しみにしている。きっと次の雪の日にも訪れるだろう彼に、旦那は店主がとられないだろうと思いながらも心配はしている。彼は人間ではないのだから。

 どんな手段を使うかはわからない。けれど彼は旦那とは違い、側にいられればいいのだろう。だから毎年アイスコーヒーを飲みに来るのだ。

 次来たときも彼の顔は変わっていないのか。それが旦那の一つの楽しみでもあった。

 扉に閉店の看板を掛け、外を見ると雪はすでに止んでいた。






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雪の訪れと共に さおり(緑楊彰浩) @ryokuyouakihiro

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