ご主人様は自動人形

宮里智

第1話 船の中(メイド)

 遠くに響くかわいた破裂音で意識がゆっくりと浮かび、その後の悲鳴で完全に目覚める。

 まずはご主人様の安全を確保しなければならない。私がドアを引き外に出たところで館内放送が入る。

「ただいま安全を確認中です。船員の指示に従って下さい」

 人気者の悪い噂のように素早く危険が伝わったのだ。何が起こったかはわからないが、何か嫌なことが起きたのはわかる。

「ご主人様、お怪我はありませんか?」

 ご主人様は薄いスポンジのベッドから半身を起こし、瞼を下ろして何か考え込んでいた。

「……ああ、大丈夫だ。悲鳴の10秒前の音声を解析したが、発砲音が僅かに記録されていた。シージャックか殺人だろうね」

 ご主人様の「耳」に入った音は常に1年分保管されている。ご主人様はそのデータを自由に飛び回り、何がどうした音なのか、無数の音波パターンの中から見つけ出すことが出来る。

 このような人並外れた能力を持つのも、ご主人様が数少ない、「自動人形(ハイマシーン)」だからだ。

「お客様」

 ドアのノックと共に声がした。視線をやると制服を着た、従業員――または船員――がこちらの様子を覗っている。

「館内で発砲事件がありましたので、小さい子供を除いてご自身の部屋にて待機していただくことになりました」

「わかりました」

 私はそう返事をして、ご主人様に背中を向けないように足を後ろへと運ぼうとした。

「ひゃっ」

 何かにつまずき、尻餅をつきそうになる。と、ご主人様の大きくて温かな手が私の手を掴み、ぎりぎりのところで体勢を持ち直した。

「ありがとうございます・・・あの、申し訳ございません・・・・・・」

 ご主人様の手はパチパチと火花を散らしている。

「このくらい、自分で直せるさ。さあ、自分の部屋にお戻り」

 ご主人様はドアの方に会釈した。なるほど、従業員が急かすようにこちらを見ている。今回の指示を他のお客様にもお伝えしなければならない。どんくさいメイドに構っている時間はない、と言ったところか。

 私はそっとご主人様の部屋を出た。

 今回はたまたま何かにつまずいただけで、いつもはどんくさくないんですからね。心の中で呟いた。

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