ふぁみこん!~Family Complex~

暮影司(ぐれえいじ)

第1話 誰と一緒に寝るんですか!

 僕は妹が大好きだ。シスコンと言われても構わない。

 義姉も義妹も大好きだ。義兄だって好きだ。父も義母も愛している。家族が愛し合うことに何の問題があるというのだろう。

 妹が好きすぎるのがシスコンで、兄が好きならブラコンで、母が好きならマザコンで、父が好きならファザコンだというなら、家族みんなが大好きすぎる僕はさしずめファミリーコンプレックス。……ファミコンとでも呼ばれるのだろうか。


「は~い、それじゃあ兄弟会議をはじめま~す」


 夕飯を食べ終え、全員にお茶が用意されると、義理の姉が会議の開催を宣言した。一人だけすでに風呂を済ませているため、薄手の胸元が大きく開いたパジャマ姿だ。ピンクのボーダーがよく似合っていて可愛らしいが、ちょっと見せすぎじゃないのかなと思いつつ、高校一年生にしては立派な谷間から目を逸らしてお茶を飲む。


「議題は次回の家族旅行の部屋割り、でいいのかしら」


 肩まで伸びた黒髪を払いながら発言したのが義理の妹のふう。着替える時間がなかったのだろう、名門女子校のブレザーのままで食卓を囲んでいた。カフェインを摂ると眠れないからという理由で玄米茶を飲んでいる。細い眉と涼やかな目元は身内の贔屓目を差し引いても美人だが、凛々しすぎてリラックスしているように思えない。絶対に負けられない戦いでも始まるかのようだ。


「だから、お兄ちゃんは私と一緒の部屋でいいじゃないですか。本当の兄妹なんだし」


 血の繋がった実の妹であるゆめが、まだその話をするのかとうんざりした口調で言い放った。野沢菜を挟んだ箸を人に向けるのはヤメて欲しい。もう中学生になったというのに、行儀が悪くて困る。ふうちゃんを見習って欲しいものだが、それを言うと烈火の如く怒るので注意だ。


「その血が繋がってるとか繋がってないとかいう理由は無しにするというルールをもう忘れたのかしら?」

「でも繋がってないと間違いがあるといけませんし?」

「あら、それこそ繋がってる方が間違いがあったらマズいのではないかしら?」


 義理の妹と実の妹はなぜか仲が悪い。どっちも可愛い妹なので、仲良くして欲しいのだが。義姉ねえさんも同じ気持ちなのだろう、ちょっと困ったように眉をひそめる。


「ねえ、二人とも、間違いって具体的になぁーに?」


 どうやら困っていたのは話の意味がわからなかったからのようだった。人差し指を頬に当てて小首をかしげる。癒し系の柔らかい表情を絶やさない義姉ねえさんは本当にこういう仕草が似合う。ほんわかした気持ちになりつつ煎茶を啜った。


「そ、それはその、あなたが答えなさいよ」

「ええっ!? それはその、あの、なんというか」


 慌てふためく妹たち。こういうときは二人共息が合うと言うか、似た者同士なんだよなあ。なんで仲良く出来ないのかなあ。


「ほら、やっぱりそうなるだろ。つまり俺と一緒なら問題ないじゃないか」


 義兄にいさんが得意顔でそう言った。2ヶ月だけ先に生まれただけの義兄は、背も低くて童顔で中性的な顔立ちだ。俺という一人称が全く似合わない。それでも僕を可愛がってくれようとするところが好きだった。


「いえ男同士のほうがマズいです」

「兄さんたちのほうがよっぽど心配」


 やはり息の合う妹たちだった。何がマズくて何が心配なのかさっぱりわからないけれど。妹二人相手では反論しかねるのか口を尖らせているだけの義兄にいさんが可愛い。


「うーん。やっぱりお姉ちゃんと一緒なのが一番いいと思うのよ」


 ぺかーっと朗らかに笑う義姉ねえさんは天使か女神かというくらい優しい笑顔を湛えているのだが、なぜかみんな睨みつける。


「姉さんが一番駄目に決まってるでしょう」

「そうですよお姉さんは駄目です」

「姉貴は駄目だな」


 義姉ねえさんは涙目になって抗議を試みようとした。


「何が駄目なのよ~。ねえ、ゆうくんは良いよねえ~?」


 すがるような目で見られて、僕は胸がキュンとなった。義姉ねえさんから頼られてしまうと、なんでもやってしまいたくなる。


「もちろん良いです。僕、義姉ねえさんのこと大好きですし」

「わ~い、ゆうくんありがと~、私も大好き~」


 両手を上げて喜んでくれた。嬉しいなあ。可愛いなあ。


「だから駄目なんですよ」

「絶対駄目です」

「姉貴は駄目だな」


 3人共が揃って長いため息を付いた。なぜだろう……。義姉ねえさんと一緒だと柔らかくていい匂いがするからぐっすり眠れるのにな。


「私は妹ちゃん二人が一緒がいいと思うの。仲良くなって欲しいな~」


 そう言って俺にばちんばちんと大げさなウインクで目配せしてくる。露骨すぎて全員気づいているので、目配せの意味がなかった。しかし妹たちに仲良くなって欲しいのは確かだ。


「うん、僕も二人に仲良くして欲しいから、二人で寝たら良いんじゃないかな」


 そう言うとなぜか三人に睨まれる。うう、僕はみんな好きなのに、みんなは僕が嫌いなのかな……。悲しい。義姉ねえさんに頭を撫でて貰いたい。


「誰のせいだと……」

「全くお兄ちゃんは」


 妹たちは口を尖らせていた。僕のほうがよっぽどそういう気持ちだと思うのだけれど。僕はみんな大好きだから誰でもいいのに。

 膠着状態に入った僕たちに参戦してきたのは義母かあさんだった。


「じゃあ、じゃあ、ママと一緒に寝るのはどうかしらん?」


 そう言って胸の谷間に僕の顔を押し付けた。背も低く童顔できゃぴきゃぴしている義母かあさんは35歳にはとても見えないルックスだが、顔が埋もれる程度には胸があるのだった。正直なところ、母性100%の愛情を注いでくれる義母かあさんに対して多少どぎまぎしてしまうのが困ってしまうのだけれど、やっぱり大好きなので拒むことが出来ない。


「ちょっと母さん、それヤメてって言ってるでしょう? 勇気さんだって男なのよ?」

「えっ? それって私のこと女として見てくれてるってこと? 嬉しっ」


 ますますギュッとしてくる義母かあさん。嬉しいけど息ができない。苦しい、けど逃げられない。このままでは死ぬ。温かくていい匂いがして気持ちよくて死ぬ。


「うちの兄を籠絡するのはやめてくださいっ」


 俺の顔はいもうとが奪ったらしい、新しい胸に埋もれる。こちらは息ができる。多少発育が良いといっても12歳だしね。にしてもまた少し大きくなったな……。


「あらら、ゆめちゃんに取られちゃった」

「お義母かあさんは父さんと一緒の部屋でしょう、違う部屋なんかにしたら泣きだして面倒くさいからやめてください」


 だよな。父さんは義母かあさんにべた惚れしている。僕も義母かあさんにべた惚れしているけど二人を引き離すことは出来ない。父さん本当に泣いちゃうからね。


「ちょっと、だから、それヤメなさいって言ってるでしょう? なんで母さんがやっていたことをあなたまでするのかしら」


 義妹ふうちゃん実妹ゆめを睨みつけているようだった。僕の視界は双丘に挟まれて何も見ることは出来ないけど。


「ああ、自分は出来ないから悔しがっているんですね、オネエちゃんは。年上のくせにおっぱい無いから」

「おっ!? む、胸が多少小さいからなんだというのかしら」


 また険悪なムードになってしまった。なんとかしないと……。


「ぼ、僕はそんなになくっても別に」


 発言の途中でギロリと睨まれてしまった。フォローしているつもりなのに……。


「あ」


 義妹がぽんと手を打った。彼女は普段しっかりした優等生の仮面を被り続けているが、ときおりこういうあどけない表情を見せる。しっかりしていてもやっぱり13歳の女の子なんだなあと微笑ましくなる。


「私は胸がないから勇気さんと一緒に寝ても問題ないんじゃないかしら」


 ぴっと人差し指を立ててにこやかにそう言った彼女に、みんな目をつむって天井を向いた。絶句というやつである。


「それ、言っちゃうんだ……」


 いもうとがそう言い残しつつ、降参という合図なのか手を振り振りダイニングを去っていった。もう風呂の時間だしな。兄さんもいたたまれなくなったのか退出していく。義母かあさんはとっくに洗い物を始めていた。義姉ねえさんは猫舌なのでようやくお茶をゆっくりと飲んでいた。


「ふふふ、勝ったわ。勝てば勝ちなのよ」


 義妹は顔を赤くして、なにやらよくわからない勝ち名乗りをあげていた。どのあたりが勝ったのかよくわからない。少なくとも胸の大きさでは負けている。


「今日もなんにも決まらなかったわね~」

「ええっ!? 今私と勇気さんで決まったのでは!?」

「今ので決まったと思ってるのはふうちゃんだけよ」


 ふふ、と笑ってお茶をすする義姉ねえさんに僕も笑いかける。そしてずっと思っていた疑問を口にした。


「ねえ、先にどこに旅行に行くかを決めない?」

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