神様はご都合主義!

文月イツキ

File0 踏み外した一歩

0-1

 一歩、たった一歩で全てが終わる。

 

 私を支えているのは、落下防止用の細い柵。

 自分の足で行ける場所で一番高いビルの最上階。

 見下げれば果てが見えない。深淵が手招きをしているかのようだ。

  当たり前か、深夜か早朝かあやふやな時間で明かりもないこんな場所じゃ。

 これからやることを綺麗な言葉で特別に飾り立てる必要なんてない、とても単純明快な話なのだから。

 

 私は死ぬのだ。今ここで自分の意思で。

 

 私には「これがないと生きていけない」とか「これのために生きたい」と呼べるモノがなかった。

 それなのに毎日、不快な思いをしてまで生きる意味がわからなかった。

 何日か前に、電話口で顔も知らない相談窓口の誰それと話をしたが、満足のいく回答は得られなかった。

 ただ「もっと苦しい思いをしている人はいっぱいいる」だとか「今を乗り越えればもっと素晴らしい未来が」とか、ふてぶてしいばかりで、なんの気休めにもならない月並みな口先だけの慰めしか得られなかった。

 確かに、私より苦しい思いをしてる人なんて両手じゃ到底足りないほどいるだろう。

 毎日辛いイジメにあってる人だっているだろうし、毎日を飢えで苦しんでる子供だって私の知らないどこかにはいるだろう。


 けど、だからといって、私が苦しくない理由にはならない。


 そんなこともわからない頭の中が毎日ディズニーランドでウェイウェイしてるような奴に、知ったような口を聞かれたくはない。

 私はもう何もしたくない。だから、何もしなくてすむ選択をする。

 ただそれだけの話。

 「一歩」とは言ったものの、バランスを崩せばそれだけで終わる。というかもうすでに私はバランスを取ることを放棄している。

 少しばかり緊張はしている。

 飛び降りは痛みを感じない「らしい」がめちゃくちゃ痛かったらどうしよう。という考えだただ一つ、凪いだ心に立つ小さな波だ。


 まあ、どうでもいいか。


 立っていた柵を蹴る。試合終了を告げるゴングのような軽い金属音が明け方の空に響いた。

 特に逡巡するような思い出もない私は、大きな躊躇いも、感動もなく、人生の道を踏み外したのだった。

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