予言者

秋都 鮭丸

空から槍が降ってきた

 空から槍が降ってきた。ちょうど私の目の前に三本。あとから聞いたことだが、競技用の槍を運搬する飛行機から落ちてきたものらしい。私の遥か上空では、それはそれは大騒ぎだったそうだ。

 不思議なこともあるもんだ、と出社後すぐにこの話をした。それを聞いて声を上げて笑ったのは天野先輩。彼は自分の言った通りになってしまったなぁ、と言っていた。

 確かに昨日、私は珍しく気をきかせて、先輩に缶コーヒーを献上した。すると先輩は、お前がこんなことするなんて、明日は槍が降るぞ、と笑っていたのだった。どうせなら雪とか金とか降るぞ、なんて言っておけば良かったな、などと先輩はぼやいていた。


 八月というにも関わらず、雪が都心に降り注いだ。突然の異常気象に、世間は大騒ぎだった。天野先輩も流石にこれには驚いたらしく、天気予報士になれるかもな俺、と周囲に洩らしていた。

 帰路につこうと会社を出ると、白いふわふわに紛れて、薄いひらひらが宙を舞っていた。金だ。隣のビルで窓が割れ、そこから流れだしたらしい。天野先輩はこれすら言い当ててしまったのか。それとも、彼が言ったことが現実になるのだろうか。


 朝のニュースに見知った顔が出ていて驚いた。天野先輩が天気予報士として、堂々と今日と明日の天気を語っていた。

 先輩は午後出社してきた。話を聞くと、SNSで最近の『予報』について発信したところ、テレビ局からオファーが来たそうだ。まさかテレビに出るなんて夢のようだよ、と先輩は笑っていた。タレントが本業になって、この会社辞めちゃうかもな、なんて冗談も飛ばしていた。



 朝のニュースで先輩を見るのもすっかり慣れてしまった。今や世間は『予言者』の話題で持ち切りだ。彼の言ったことは必ず現実になる。それは天気に限ったことではなかった。

 あらゆる番組に引っ張りだことなり、先輩は本当に会社を辞めた。しかし私は、今でも先輩と連絡をとっている。明日、久しぶりに会う予定だ。芸能界の話が聞けると思うと、少しわくわくしてくる。


 今日は天野先輩に会ってきた。サラリーマンには一生縁がないようなお店だったが、先輩にご馳走になってしまった。その羽振りのよさに、よっぽど儲かっているのだろうと邪推する。なにせ彼は今、知らぬものなどいない大人気タレントなのだから。

 先輩は今だけだよ、とグラスを揺らした。俺のことなんてすぐ忘れられちゃうさ、と。こんな鮮烈な事象、忘れられるものなのだろうか。






 今年もこの季節がやってきた。年の瀬には仕事が殺到する。特に今年は忙しい。例年は五人割り当てられていた業務を、今年は四人で捌くそうだ。明らかな人員不足を感じている。果たしてうまくいくのだろうか。



 なんとか今年も終わりを迎える。仕事も無事終え、気持ちよく新年の朝日を拝めそうだ。あとはこの日記を読み返して、今年を締めくくろうと思う。



 知らない人物のことが書かれていた。天野先輩とは誰のことだ。今年会社を辞めたらしい。だから人員が足りなかったのか。しかしそんな人物は記憶にない。辞職した人がいるなんて、忘年会で誰も口にしていなかったじゃないか。どういうことだ。どういうことだ。途中で日記用のノートを取り違えたのだろうか。だとしてもこれは私の字だ。私はこんなもの書いた覚えはない。どういうことだ。誰だ。気味が悪い。

 予報?

 予言者?

 天野という男の言葉通り、私は彼を忘れたというのか。空から槍が降ったことも? 季節外れの雪のことも? 隣のビルの金のことも?



 私はこの日何をしていた? SNSを遡ればこの男の発信が見つかるのではないか? それ以前に私の電話帳にこの男がいるのではないか? テレビの映像だってどこかにあるはずだ。証拠はどこかにあるはずだ。どこかに。どこかに。



 証拠があってどうする?



 違う無しこれは違う。無し。無し。

 忘れよう。この日記帳は燃やそう。そうしよう。そうするべきだ。知らない。私は何も見ていない知らない知らない。



 ————————————————以上が焼け跡から見つかった日記と思われるノートの記述です。火災の原因は放火と見られています。恐らく家主は正常な精神状態ではなかったと思われ————————————————。




 油汗が額に滲む。全く嫌な夢だった。最悪の寝覚めだ。私は布団を薙ぎ払って洗面台に向かう。

「後輩が死ぬなんてなぁ。あれ、でも他人が死ぬ夢っていい夢だった気がするな」

 私は気を取り直して顔を洗った。さぁ、今日も会社に行かなければ。

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予言者 秋都 鮭丸 @sakemaru

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