蜻蛉天地

@sakaida_persimmon

蜻蛉天地

私の好きな言葉に「蜻蛉天地(とんぼてんち)」という四字熟語がある。


蜻蛉というのは不思議な習性を持っており、光が当たる方向を空、その反対方向を地面だと認識する習性がある。つまり、ある暗い部屋に蜻蛉を放ち、地面に光源を置いて下側から光を当ててやると、背面飛行のような逆さまの状態になって飛ぶのである。


このことから蜻蛉天地は「地面と空のような疑う余地がないと思えるものであっても、蜻蛉にとっては光を当てる方向を変えるだけでいともたやすくひっくり返ってしまう。転じて、我々が当たり前だと思っている常識や価値観も、時代の移り変わりやふとしたきっかけで一気にくつがえってしまうものである」という意味を表す四字熟語となった。


これと近い言葉に、西洋では「コペルニクス的転回」という言葉がある。これは、長い間信じられていた天動説が、コペルニクスの唱えた地動説によって取って代わられたという歴史的事実から「従来の意見や常識をすっかり逆の方向に変えてしまうこと」を表す言葉となっている。


ただ、この2つの言葉には微妙なニュアンスの違いが存在する。コペルニクス的転回は「それまでの常識を意図的・人為的に逆にする」という意味合いが強いが、蜻蛉天地は「従来の常識が些細なきっかけでどのように変わってしまうかは誰も予想がつかない」という意味合いが強い。私はここに西洋と東洋(特に日本)の考え方の違いが反映されていると思う。つまり、西洋の考え方というのはどこまで行っても人間が中心であり、人間の解釈の仕方によって常識が変わる場合もあると捉えているが、それに対して日本では常識というもの自体が所詮人間の作り出した儚いものに過ぎず、どう変わるかは予想がつかないという無常観が根底にある。蜻蛉天地にはこのような思想が凝縮されているのだ。


このように西洋と日本の文化的背景について考察しながら蜻蛉天地という言葉をご紹介してきたが、この言葉は私が昆虫図鑑を読んでいて何となく思いついたものであり、何か辞書に載っているものではない。読者の皆様にはくれぐれも人前で使ったりしないようどうかご注意して頂きたい。

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