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 その後、少女がどうなったのかは少年にはわからなかった。彼はただただ無意味に毎日を漠然と過ごしていくばかりだった。涙はもう砂漠の砂に全部吸われて涸れてしまったし、水分を失った心はあっけなく枯れてしまった。乾涸びた少年に残ったのは体に開いた虚無感という大 きな穴だけだった。

 そして世界は少年などには目もくれず、まるで少女の死が起爆剤となったかのように一気に荒れ狂った。街の周りで起きていた戦争が激化し、度々街にまで被害が及ぶようになっていた。

 平和と幸福しか知らない街の人々は、ひたすらに恐怖し、街の隅でうずくまった。街の中という限定された空間しか知らない蛙たちが、必死に井戸で息を潜める姿は実に滑稽であり、世界に対して実に無意味であった。

 誰も立ち上がろうとする者はいなかった。そんな考えに誰も及ばなかった。自ら行動を起こせる人間はもう街にはいなかった。

 街が崩壊するのに時間はかからなかった。戦車たちが攻撃を始めて、夜になることにはそこは無惨な瓦礫の山と化した。

 少年は未だ少女を失ったことを足枷のように引きずりながらも、死への恐怖に支配され、必死になって戦禍を免れた。気づけば一生引きずっていくはずだった足枷はどこかへ落とし、生への本能的欲求ばかりが先走って、唯一の生の証だった虚無感は無骨なコンクリートで埋め立てられてしまった。彼は瓦礫の上で星を目にしたとき、すでに何も持ってはいなかった。

 原型がわからないほどに破壊され尽くした街を眺め、母の言葉を思い出す。砂漠では死体は肥料にすらならない。ここで死んだ父や母、怖い八百屋のおばさんや熊みたいに大きな大工の人たちも皆、ここで朽ち果てて跡形もなく消え去るだけだ。

 けれど少年だけは生き残った。それは彼の意思ではなかった。いっそここで街とともに消えるのがどれだけ楽だっただろう。実際、少年以外はその楽な道を選んだ。

 少年は呆然と星を眺めた。自分の存在を悩み続けるペンギンのように。ペンギンと違うのは、逃げ帰る海がどこにもないことだ。

 風が吹いた。いっそ瓦礫をすべて吹き飛ばしてくれるような、力強い風ならよかったのかもしれないが、風は少年の目に砂を飛ばした程度だった。彼が砂の入った目を開けると、すぐ横に小さな布切れが引っかかっていた。どうやら風で飛んできたらしい。

 それは彼女がいつも身につけていたマントの端切れだった。少年はそれを拾い上げ、まじまじと見つめる。

「届けなきゃ」

 少年は右手にその布切れを握り締めて、無我夢中で駆け出した。

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