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 それから少年は毎日のように少女の元へ通いつめた。朝起きて、急いで朝食をかき込んでから、他のことなんか見向きもせずに全力で走った。まだ街の中の店もろくに開いていないような時間だというのに、少女は決まって少年よりも先に座って待っていた。

 少年は少女に色んな話をした。怖い八百屋のおばさんの話や熊みたいに大きな(と言っても彼は本物の熊を見たことはなかったが)大工の人たちの話、最近誕生日にもらった生き物図鑑に載っている『ペンギン』という生き物の話もした。少年が話している間、少女は何も言わず、ただ笑顔でずっと聞き役に徹した。

 少女も少年に色んな話をした。彼女は非常に物知りだった。世界には海のように大きな湖があること、黄土色など全くない、木で覆われた一面緑の場所があること。少年が一番驚いたのは、彼女が『ペンギン』を間近で見たことがあるということだった。彼女によれば水の中を飛ぶように泳いでいたと言う。

「私はね、ペンギンって私たちに一番似ている動物だと思うの。ずっと空を見て何かを考えていて、それが嫌になると突然水に飛び込んですいすい泳ぎ出す。私も夜に星を眺めながら色んなことを考えていると、ペンギンになったみたいな気持ちになるの」

 少女は世界を旅してここまで来たらしかった。あまり詳しいことは話さなかったけれど、父と二人でずっと旅をしてきたらしい。少年はそんな彼女がとてもうらやましいと言った。そう言われた彼女はどこか悲しそうな笑みを浮かべた。

 夢中になって話していると、少女がよくふらついて少年の方に倒れてくることがあった。少年はその度に驚いて必死に心配するけれど、少女は大丈夫だと強情に言い張って聞かなかった。彼女はあまり体が強くないんだろう、と思い、少年はいつも彼女の体調を気にかけながら二人での会話を楽しんだ。

 少女はペンギン以外にも、星が大好きだった。月がだんだん丸くなり、綺麗な円になったらまた欠けていくという話を聞いて、少年はどうしても信じられなくて毎日月を眺めた。彼は本当に月が日に日に変化しているのを見るととても驚き、それからもっと星の話をたくさん聞いた。すると少女は、少年が全く信じられないようなことを口にした。

「今日の夜ね、たくさんの星が空から降ってくるの。本当にたくさん。でもきっとすごく遅い時間だから、私たち子供は見られないの」

 少し前まで月もまともに見たことがなかった少年には、とてもじゃないけれど信じられる話ではなかった。見ることができないのをいいことに嘘をついているんだと。しかし少女は決して嘘ではないと主張した。

「そんなに言うなら一緒に見よう」

 少年は少女と二人で夜まで待ち、本当かどうか自分の目で確かめることに決めた。家に帰れば大人たちに寝なさいと怒られてしまうけれど、ここならば誰も怒る人はいない。少女は反対していたけれど、やがて折れて待つことに決めた。

「空から降ってくる星のことを流れ星って言うんだよ。流れ星が流れている間に三回お願いごとを唱えると、そのお願いが叶うんだって」

「それはすごいね! 何をお願いしよう……」

 少年は考えれば考えるほど願いごとがたくさん出てきた。ケーキをお腹いっぱいになるまで食べたいし、新しいおもちゃもほしい。足が速くなりたいし、サッカーも上手くなりたい。

「でもやっぱりペンギンと会うことかな!」

 そんなにいくつも願いごとを唱えるわけにも行かないので、少年はそれを願いごとに決めた。少女にどうするのかと尋ねると、どうしようかな、とはぐらかすだけだった。

 ようやく日も沈んで暗くなってきた。砂漠の性質上、昼間は暑くて夜は寒いので、防寒具は何も持っておらず、少年は風が吹く度に体を震わせる。

「ちょっと待ってて」

 そう言って少女はふらっとどこかへ消えたかと思うと、暖かそうな毛布を持ってきた。毛布はかなり大きく、二人で包まっても少し余るくらいのものだった。

「これなら大丈夫でしょ!」

 少女は毛布を自分に巻くと、こっちにおいでと少年に手招きする。それまでは拳二つ分くらいの微妙な距離が開いていたのが、肩がぶつかるくらいの距離にまで縮まる。少女は少しでも温まろうと少年に体を寄せるけれど、少年は恥ずかしさから身をよじって顔を背ける。そんな距離感のまま、流れ星を待っていつものように色んなことを語らった。

 少年は街の話をして、少女は世界の話をする。噛み合わない話題が二人を一層楽しませた。

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