砂漠で出会った流れ星
紙野 七
1
少年は小さな街に住んでいた。周りを砂漠に囲まれた、どこかの国の小さな街。街の人たちはみんな明るくおおらかで、毎日賑やかに暮らしていた。色んなものが外から入ってきて、街を歩けば生活に必要なものは何でも買い揃えることができた。決して大都市と言える街ではなく、大都市から見ればむしろ辺鄙な田舎の一角でしかなかったけれど、街の人々は十分にその生活に満足していた。だから街を出ている人もなく、逆に田舎にわざわざ入ってくる人もいないために、街の中で社会が完結していた。
少年はそんな小さな街に住んでいた。彼の家は裕福でもなければ貧しくもない。街に住む人々の多くがそうであるように、ごくごく普通の暮らしをしていた。毎日のように友達と朝から晩まで走り回って、泥だらけになって家に帰ってくる。少年はそんな生活が大好きだった。
だから大きな理由なんてなかった。ただ何となく、彼は街の外に出てみたくなった。
街から出るのに何か特別なことはなかった。日が照っている間だけ開かれている大きくてどこか恐ろしい門をくぐるだけだ。実際、少しだけなら友達と外に出て遊んだこともあった。門番はおらず、それどころか門の周りにいるのは食べ物や生活必需品を運んでくる商人たちだけ。だってみんな街の生活が大好きだから。あえて外に出ようなんていう人はいない。何より、街の外は砂漠なのだ。一面砂で何もない。
しかし、何も知らない少年にとって、一人で歩く砂漠では砂の一粒一粒さえも新しい発見であった。気づけば街からだいぶ遠くまで来ていて、もうずいぶんと街が小さく見える。
少年は何もない砂漠をひたすらに見回す。何もない、ということを自分の目でしっかりと確認する。彼はこんなにも何もない場所に来るのは初めてだった。どこを見ても黄土色で、ちらほらと申し訳程度に緑が顔を出している。そもそもこんなに遠くまで目を凝らすことすら初めてだった。街の端から反対端を見つめたってこんなに遠くまで見渡すことはできない。
あまり夢中になる余り、かえって周りが見えていなかったようで、少年は何かにドスンとぶつかる。
「ごめんなさい」
掠れた、けれど不思議に透き通った声が聞こえる。ぶつかった先に目をやると、そこには眩いくらいに真っ白な少女が立っていた。全身が綺麗に磨かれたガラスのように澄んでいて、一点の汚れもない。決して触れてはならないような完璧で脆いその輝きは、誰であってもその美しさに一瞬たじろぐだろうほどだった。
実際、少年は声を発することすらできなかった。本能的に少女の美しさに心を奪われたのだ。その間に少女は、ぶつかった勢いで地面に落ちたマントを焦ったように拾って巻きなおす。彼女が巻き終えたところでようやく、少年も意識を取り戻す。
「こっちこそ、ごめん」
吐き捨てるようにそう言い残すと、少年は早足でそこから逃げ出す。少女があまり透き通っていて、どうしたらいいかわからなかったから。
「待って、もしかして街から来たの?」
そんな弱気な少年を彼女は強く引き止める。少年はその流れる水のような声に耳を奪われ、立ち止まらずにはいられなかった。彼は立ち止まって振り向かないまま、力んだ様子で強く頷いた。
「やっぱり! 街から人が来るなんて珍しい!」
少女はとても喜んで、無意味に固く握り締めた少年の手をとり、妖精のように踊る。
「私、街の人と会うのは初めて!」
次第に少年の手はほどけて、少女に身を任せる。何もなくただただ広いこの砂漠が、彼女のみずみずしさによって潤され、そこは一瞬にしてダンスホールになった。マルガリータのピザのような、何もないダンスホールの上で、彼らは一日中笑顔で踊り続けた。
「楽しかった。また来てくれる?」
少年は黙って頷く。
「じゃあ私はいつもあそこで待っているから」
少女は少し離れた瓦礫を指す。ちょうど街からも見える目印になりそうで、とてもいいところだと思った。少年は明日も来ることを約束して、日が沈む前に家に帰った。
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