アバン ~ ダイの大冒険
「最近神さまキャラが出てくる作品多いよね。分類するとこんな感じかな」
I. 全知全能、またはすごい能力を持っていると主張するタイプ
II. 自己犠牲により神になる、英霊タイプ
III. 何もしない(できない)神
「先輩は因果を操るからIですか?」
いたずらっぽく問うみひろに、先輩はたしなめるようにえへんと軽く咳払いをする。
「私は『操る』なんて一度も言ってないよ。ただ運命に逆らおうとする人を応援するだけ。だからIIIよ。それはともかく、Iは悲しいかな、作者の力量不足でただのうさんくさいキャラになっているケースがほとんどね。詐欺師やカルト宗教の教祖みたいに扱われていたり、そもそも敵(大抵ラスボス)だったり。でもたとえ上手に描けていたとして、そのキャラを信仰したいと思う?」
「信仰、は分からないですけど、偉そうな態度の人はやっぱり苦手です」
「日本人は上から指図する神よりも下から支えてくれる神、つまりIIを好むの」
「ちょっとピンとこないですけど」
「例えば食べ物を粗末にすることに抵抗を覚える。元になった動物や植物が自分のために犠牲になってくれたからだし、作ってくれた人の苦労もあるでしょ。道具にしても大切に使って、使い終わったら供養すらすることもある。そういったものへの感謝(利益を与えてくれる神、和魂)と罪悪感(適切に処置しないとたたられる神、荒魂)が入り交じった気持ちが日本人の信仰心のベースになっているのよ。だから日本人に愛される神さまキャラを作りたいなら、とりあえずIIでゆくことね」
●アバンと「やりすごす」
1. アバンは弟子たちに技と正義の心を教えた。「修行で得た力を他人のために使え」
2. 魔王ハドラーと闘い、弟子たちを救うために命を落とす。
3. 弟子たちはアバンの教えに従って魔王軍と戦い、クロコダイル・ヒュンケル・バラン・ハドラーを改心させる。
4. アバンの教えを思い出させるようなアイテム(アバンのしるし・アバンの書)や、彼の過去の冒険を回想するキャラを登場させる。
5. 復活する(実は死んでいなかった)。レオナ姫に自分の役割を譲る。
「アバンはIIですね。命を投げ出して弟子たちを救ったんですから」
「そうね。それ以降、アバンは弟子たちにとって神さまのような存在になり、みなアバンの生き様を真似しだすのよ。こういう神格化されるキャラのポイントは以下の通り」
・ 明確な教えを一つだけ持つ
・ 教えを貫くために犠牲になる
「『教え』ってことは、先生みたいなキャラが多いんですか?」
「いえ、特に人に教えたりしなくても行動で示し、それに周りの人たちが心を動かされるなら『教え』って呼んでも構わない。その場合は『信条』という言葉のほうがぴったりくるかな。『みんなを守る』という信条を貫いて死んでゆくキャラ、たくさん思いつくでしょ。逆に言うと、これをちょっとひねってあげるとキャラの個性になる。『みんなを守る』と『自分の力を他人のために使う』は非常によく似ているけど、後者は『(大魔王を倒すために仲間を守ることではなく)すべての戦いを勇者のためにせよ』に発展させることができた。これは後者には教えやルールといったニュアンスが含まれているから可能だったのよ」
「へえ、面白いですね。『一つだけ』っていうのはどうしてですか?」
「まずはプロットの都合。二つあると、一つのために自分を犠牲にするシーンを書いたとき、もう一つが宙ぶらりんになってしまう。二つを同時に達成してキャラを死なせる方法を考えるのは面倒なのよ。それからもう一つは最初に言った根本的な宗教観の問題で、『教え』が複数あると、だんだん指図する神、つまりIに近づいてゆくの。そういうキャラにはなにか裏があるようで信用できない。神格化は失敗してしまうってわけ」
「あ」
「どうしたの?」
「ポップ君の視点で読んだとき、レオナ姫が『上から目線』に見えたのって……」
「上の基準に当てはめてみて」
「『教え』はアバンから引き継いで(5)いますよね。『勇者のためにせよ』もレオナ姫のセリフです。でも反乱者に命を狙われたり、フレイザードに氷漬けにされたり、いろいろ被害には遭ってますが、教えを守るために危険な目に遭うというシーンはないですね」
「そういうこと」
「そもそも、今さらなんですけど、作者はアバンを神にしようとしていたんでしょうか。なんかこじつけのような気もするんですが」
「ほんとに『今さら』ね。言わなかった私も悪いけど、理論編の最初から『作者の意図』は一切考慮していないつもり。なぜかというと、この連載は作品の理解を目的にしているのではなく、すぐ使えるような要素を作品から抽出するのが目的だから。ただ、アバンの場合は作者も意識していたとは思う。その理由は彼の弟子たちをわざわざ『使徒』と呼んでいるから。『使徒』は普通、イエス・キリストの弟子にしか使われない言葉だからね」
「あれ、でもキリスト教の神さまってIじゃないんですか? 全知全能の唯一神が逆らうものには天罰を下すんですよね?」
「あー、一般的なイメージはそんなものか。それは旧約の神だね。イエス・キリストはIIだよ。じゃあちょっと横道に逸れて、日本人に受けがいいはずのIIに分類されるイエスがなぜあまり理解されていないのか、見てみましょう」
●イエス・キリストと「やり過ごす」(「ルカによる福音書」による)
1. 天使がイエスの誕生を母マリアに告げる。
2. イエスは成長し、ある日悪魔の誘惑を受ける「悪魔を拝むなら世界のすべてを与えよう」。しかし彼は退ける。
3. 各地を巡り、弟子を見つけたり、病人を癒やしたり、罪人を許したり、奇跡を起こしたりする。
4. 弟子たちに利他主義を教えるが、未熟な弟子たちはいろいろ失敗する。
5. 弟子たちに自分の死を予言する。以降、イエスの教えには権力者や知識人など、不信心なものに対する批判が混じるようになる。
6. イエスと弟子一行はエルサレムに行く。
7. 権力者・知識人は共謀してイエスを逮捕し、死刑判決を下す。弟子たちはみな離散してしまう。
8. 十字架にかけられ死ぬ。
9. 三日後に復活し、天に帰る。
「全体の流れはアバンに似てるでしょ。大きく違うのは1番。イエスの誕生を予言する、という部分。これを入れるとキャラに権威がつくから、例えば『風の谷のナウシカ』では採用されているけど、アバンの軽妙な性格にはふさわしくなかったのでしょう。それから有名なセリフ『世界の半分を~』の元ネタは2。豆知識ね」
「次はさっきの基準でチェックするんですね。ええと、イエスの教えは4の利他主義でしょうか。そしてそれを貫くために十字架にかけられ、死んだ(8)。あれ? 違いますね。死刑判決を受けた(7)のは権力者や知識人を批判した(5)から。別に利他主義自体はだれも否定していません。このちぐはぐさがわかりにくさの原因ですか?」
「そう。でも実を言うとちゃんと一貫している。福音書を読んだだけでは分からず、別の勉強をしないと見えないの。これからそれを補ってみるね。あ、もちろん神学的な正しさではなく『面白さ』として成り立たせるための補完であることを了承しておいて」
「え、そんなことしていいんですか。怖い人が来ちゃいますよ」
「その時は私も『面白さ』を伝える使命のために殉じましょう。……なんてね。最近はラノベコンテストを開催する教会もあるみたいだし、多分大丈夫じゃない? 冗談はさておき、創世記三章十五節の後半部分に『彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く』とあるんだけど、この中の『彼』はイエス、『お前』はサタン(悪魔)だとされているの。つまりイエスと敵対するサタンは相打ちになり、イエスが死んだとき、サタンが象徴する何かもまた死ぬ。イエスが利他主義を象徴するなら、利他主義者にとっての一番の障害は自分の持ち物、特に自分の命を失う恐怖でしょ? だからサタンは死への恐怖を象徴しているの。つまり利他主義を貫くということは、死の恐怖に打ち勝つことであり、それをイエスは自分があえて死ぬことで示したのよ」
「ホントだ。きれいにつながりましたね。イエスが『俺も死ねたんだ、みんなも早く天国に来いよ』って言ってるみたいです」
「分かってると思うけど、あなたの使命は死ぬことじゃないから。とにかく、こう解釈することで晴れてイエスはIIの神さまの仲間入りを果たした。日本人の中で熱心なキリスト信者と、Iだと誤解して倦厭している人がきれいに別れるのはこれが原因かもしれないわ」
「最後のIII、『何もしない神』って何ですか」
「そのままの意味よ。大した働きもせず、ただ仲間たちと一緒にいるだけの神。IIの神さまは感情を動かす力はすごいけど、すぐいなくなってしまうのが欠点。だから平凡な能力しか持たないキャラにIIの要素を薄く入れる。例えば信念を持っていることは持っているけどすぐに挫けてしまう。でも最終的にはみんなの力を借り、死なないまでも献身的な働きをする、みたいな。そうすると成長を描くことで長期連載が可能になるし、欠点のあるキャラに対して親しみやすさが湧く利点もある。この種類の神さまキャラが最近増えてきているらしいのよ」
「作者の都合で生み出された神さまなんですね」
「それがそうでもないみたい。河合隼雄という心理学者は、『中空構造 日本の深層』という本の中で、日本神話には重要なポジションにいるのに何をしたかほとんど分からない神がたまに出てくると書いているわ。彼はこれによって日本独特の弱い中心を持った宗教観が生まれたのではないかと考察しているの」
「へえ、意外とラノベの神さまもちゃんと日本文化に根ざしているんですね」
「作者は多分無意識的なんだろうけどね」
「さて、筆者はキャラ解説のネタになる作品を探しているんだけど、まだ見つかっていないみたい。だから次の記事までしばらく間が開いてしまうかも。Twitter(かやのチノ@kayanochino)で映画の1ツイート解説なんかをする予定もあるみたいだから、よかったら覗いてみてね。それではまたお会いしましょう」
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