迷宮から生まれた男

雨村友斗

プロローグ



 ここは、殺風景で少し肌寒い洞窟。

 音もせず、ある男の意識が目覚める。


   

 (冷たい、そして背中がごつごつしていて痛い。)

 眠りから醒めるように徐々に意識が明瞭になるに連れ、背中の痛みから逃れるように体をゆっくりと起こす。


 「はぁー、よっと、別にベッドじゃないと寝れませんというたちでもないけど、固すぎるのは痛いからさすがに遠慮したいなぁ。」

 誰に言うでもなく、思わず独り言をもらし、周りをゆっくりと見渡す。

 見覚えのない景色に違和感を覚えながら、ふと思い出す。


 「そういえば、あの時、頭が痛くなって、急に目の前が暗くなって、うん・・・自分、もしかして死んだのかな。」

 一瞬、無音が響き、頭の中を整理する。

 薄暗く、何故いるかもわからない場所に一人。着たことも持ってもいない服を着ている。あの時感じた痛みも殴られた痛みではなかった。


 「・・・っクソっ!!」

 死という事実を自分の中に認めたくないが確信してしまった瞬間。

 不意に口からあまり使ったことが無い汚い言葉が飛び出す。

 それをを契機に一瞬にして失ったものが走馬灯のように頭に流れ込む。


 今いる家族、これからの自分の将来、19歳高専生である自分の今まで生きてきた中で出会えたもの、人、すべてのものを突然ひったくりかの様に死というものに奪われ、もう会えないことを知る。走馬灯が終わった時、目には涙があふれていた。


 「もう会えない・・・。」

 その事実がとても重く重く圧し掛かるの し  。声は出ないが涙だけが目から流れる。

 「まだまだ生きたいのに、100歳まで生きるのは最低目標で、将来どんな人と出会って結婚できるのかとか、どんな仕事につけるか、どんな研究ができるか、どんなふうに科学がこれから発展していくのかとか、これから日本がどうなるかとか・・・何も知れなかった。生きられなかった。」


 涙跡が顔にこびりつき、少し落ち着くと、いくつかの違和感に気が付いた。

 まず、背丈が明らかに縮んでいたのだ。

 「体が明らかに軽い。」

 肌の調子も違うし、そもそも声が高い。変声期前の声だ。

 「声変わり前ってことは、10歳ぐらいかな。12歳の時はもう低くなってたし。」


 声が変わる前の自分の声は、結構きれいだと自負しているので、こんな今まで生きててないぐらいの喪失感が体を纏っているのにも拘らず、もう一回、少し変かもしれないが自分の昔の声が聞けてうれしくて脱力感が和らいだ。そうして、もう一つの違和感。


 (なぜ、自分は赤ん坊じゃない?)


 突然何を言い出すのかと思うかもしれないが、自分は神など信じてもいないし、信じないわけでもない。信じようが信じまいが神はいるのかもしれないしいないのかもしれないだから、どっちでもいいのだ。だが見たこともないものを盲信するのは気持ち悪いし、宗教なんて死の恐怖から自分を慰めるためにあるようなもんだと思うし、天国も地獄も天使も悪魔も空想にすぎないだろうと思っていた。


 とにかく、それと同様に、転生も信じちゃいなかった。(転生物の小説は100以上読むぐらい好きだが。)輪廻転生なんて、死んだら終わりの人生の絶望をごまかすものだと。でも、。これほどの証明はない。科学だって完璧じゃない。科学で証明できていないことは存在しないなんて、のたまいはしない。先程の頭痛を無根拠に、しかし直感的に無意識に死の原因からくるものだと感じ、死んだことを受け入れた自分は、これは転生だろうと自分でも意外にすとん、と受け入れた。これ以外で説明できるものが自分の中に存在しなかったのが大きい。

 だとしても、だ。なぜ10歳?人間は絶対赤ちゃんとして生まれるし、両親が存在する。でも、自分は、誰から生まれたんだ。誰だ?この自分を生んだのは?自然発生?そんな馬鹿な。この問いは当然ながら誰も周りにいないので答えは分からない。だがいつか知りたいと忘れないように心に留めた。


 その時、洞窟の闇の先から小さな風の音がした。その音を聞いたとき、自分は我に返った。

 (訳の分からないことは置いておくとして、転生したと仮定すると、この世界は今まで生きていた世界とは別の世界かもしれない。ということは未知の危険にあふれている。もしこの世界が魔法がある、自分からすればファンタジーで内心、半分ワクワク、半分不安な世界なら、魔物だっているかもしれない。もしかしたら魑魅魍魎が跋扈している世界かも。まずは可能な限りの安全確保だ。生まれ変わってすぐ死ぬなんて、断固拒否したい。)


 誰に言われるわけでもなく壁のほうに歩き、寄りかかる。壁にもたれるだけで少し息をつく。だが食料確保もしないといけないのでずっと動かないわけにもいかない。まずは風が吹くおそらく出口の方向に進んでみよう。と心を落ち着かせながら息をひそめ、向かう方向をじっと睨んだ。


 こうしてこの男、尾崎友斗おざきゆうとの物語が誰にも気づかれず、ひっそりと幕を開けた。

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