機械的

五丁目三番地

機械的

母が苦手だった。喧嘩が絶えないとかそんな事ではなく、母の目が苦手だった。殴られたり、食事を与えられなかったことは無かった。だが幸せそうにしている私を見る目はいつも冷たいコンクリートのようにざらついていた。母は電池の残量が減っていくように愛嬌や笑顔をなくしていった。きっかけは何だったか、もう思い出せない。私は至極真面目な人間だった。どうにか母の前では良い子でいようとした。勉強をした。よくできた兄を見習えと私に言った。小学校高学年になってから爪を噛むようになった。どの担任も静かに本を読んでいます。落ち着きのある素晴らしい子です。それしか言わなかった。中学へ進むと母はさらに勉学に励めと言った。虫の居所が悪いと母を怒鳴りつける父は夜、私を寝室へ誘うようになった。けれどテスト勉強があると嘘をついてドアに鍵をかけて眠った。入試前日父に抱かれた。ゆっくりとドアノブが回って、酒と懐かしい消毒液の匂いが混ざって私まで酔ってしまえたらよかったのに。朝が来てから入学試験が終わるまで記憶はない。第一志望には合格していた。人間は案外強いと知った。母はきっと私が殺された夜を知らない。入学祝いのケーキを食べる父にフォークを突き立ててやりたかった。高校に入学してアルバイトを始めた。母は相変わらず勉学に励めと言う。それだけだ。父と私が変わったことを分かっているくせに何も知らないふりをしている。結局母は私よりも父を選ぶのだ。そう思っていないと母に捨てられたことを理解してしまいそうだった。居酒屋でのアルバイトは楽しかった。自分の仕事の素晴らしさを語る人、西の方言で人生を笑い飛ばしている人、酔い潰れて眠る人。酒は恐ろしい、なんてまだ未成年だけれど。2年生になって恋人が出来た。優しい子だった。相手の留学で自然消滅という形をとったのは私なりの彼への優しさだ。彼には私ではない素敵な人と一緒にいるべきだと思った。3年生になり無事に大学生になった。入学方法が指定校推薦だったことは母にとってさして問題では無いようで、拍子抜けした。その頃には下の兄弟に厳しく当たるようになっていたからターゲットが変わっただけかもしれない。


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