他人の痛みもわからないくせに!

ちびまるフォイ

恵まれた殺人鬼は神にさばかれる

『他人に与える痛みを知らない人間だけが、他人を攻撃する』


そのキャッチフレーズが浸透したある日のことだった。


「おい、てめぇ。なんだその顔は? ケンカ売ってんのか?」


「い、いえ、そんなことは……」

「今笑ったよな? そうだよなぁ!?」


不良はコブシを振りかざして怯える男を殴り飛ばした。

男はふっとばされ、その反対方向に不良がふっとばされた。


「痛ってぇ! てめぇ、何しやがった!?」


自分が殴った場所と同じ自分の身体の部位がじんじんと痛む。

男が逃げようとするのでまた暴力をふるおうとするが、

また自分に跳ね返ってしまうかと思うと怖くて手が止まった。


また別の場所では、険悪な夫婦がケンカをしていた。


「だから! どうして食べ終わった皿を洗わないの!?」


「また使うのにいちいち洗っていたら洗剤と水道の無駄だろ!」


かつてはお互いを見つめ合っていた夫婦がいがみあっている。


「これを見て何も感じないなんて、人間じゃないわ!」

「どうして感情で語るんだ!! この感情サルが!!」


感情にまかせて飛び出した言葉が、言った本人の心を傷つけた。


「に、人間じゃない……」

「感情サル……」


夫婦は思わず言ってしまった言葉のダメージを察すると

申し訳なさそうにお互いに目を合わせた。


「ごめん、ちょっと言い過ぎたわ……」


「俺もだ。そんなにキツいこと言う必要なかった」


お互いを傷つけあっていた夫婦はお互いの痛みを知って手を取り合った。



世界の人々がこのような不思議現象に気付くのに時間はかからなかった。

相手を傷つけることは自分にそのまま跳ね返ってくる。


それまで頭を抱えていた戦争もぴたりと止み、

学校では体罰もなくなり、電車では痴漢も撲滅された。


相手の痛みを知ることができた世界は平和になった。


はずだった。


「ウヒャヒャヒャ! 俺は神に選ばれた人間だーー!!」


しばらくして平和な世界を切り刻むように殺人鬼が現れた。

殺人鬼は通りを歩いて目につく人間を老若男女の区別なく攻撃して回った。


「みなさん、家から出ないでください!!」


警察は必死に住民に避難を促す。


「ちょっと! アイツを早く殺してよ!」

「そうよ! あんな危険なやつ、どうして野放しにしてるの!?」


「そ、それは……」


警察は腰のホルスターにつけたままの拳銃を見つめた。

戦争がなくなったのも、相手を殺せば自分の命が奪われることが原因。


殺人鬼は自分の快楽のままに凶行を続けている。


「お前ら凡人共は他人への攻撃がはね返ってくる! でも俺は違う!

 神に選ばれた人間だから、俺は傷つかない!! アハハハハ!」


殺人鬼だけはどういうわけかどんなに人を傷つけても、

他の人のように同じ傷を受けることはなかった。


「確保しろーー!」


警察はやっとの思いで殺人鬼を取り押さえることに成功した。

殺人鬼を捉えるときに地面に押し付けたことで、

確保した警察官の顔にもアスファルトで皮膚が傷ついた。


殺人鬼はすぐに収監され、誰もがその行方を見守った。


「そんなイカレ犯罪者、さっさと死刑にしてよ!」

「そうだ! こいつのせいで何人殺されたと思ってるんだ!」


「し、しかし……死刑などできるはずがない……」


当初、殺人鬼は即座に絞首刑にする予定だったが

執行ボタンを押す警察官が全員逃げてしまい死刑ができなかった。


『もし、自分の押した執行ボタンが当たりで、犯人が死んだら……』

『どうして犯罪者を殺すために、自分が死ななくちゃいけないんだ!』

『こんなボタンは他の犯罪者にでも押させればいいだろう!』


誰に任せても殺人鬼を死刑にすることができなかった。

殺人鬼を生きたままにしているのを知り、ますます風当たりは強くなる。


「ああ、どうすればいいんだ……俺が死ぬしか無いのか」


警察官が悩んでいると、ひとりの神父がやってきた。


「この殺人鬼を殺したいけれど、方法が思いつかないんですか」


「そう! そうなんです! 神父様教えてください!

 私は死ぬべきなのでしょうか!!」


「いいえ、あなたは死ぬべきではありません。とっておきの方法を教えましょう」


神父は殺人鬼をはりつけにして、その前に手でつかめるほどの石を準備した。


「神父様、一体何を?」


「この男にうらみがある人間はたくさんいるでしょう。

 その人達をここに呼んで、男に石を投げつけるのです」


「投石刑……ですか? あ、そうか!!」


警察官も納得したように手を叩いた。


死刑執行当日、抽選会で選ばれた何百人もの人が足を運び

はりつけにされた殺人鬼の前の石を手に取り、男に投げつけた。


「痛ってぇ!」


殺人鬼にぶつけた痛みははね返ってくる。

それはあくまで自分が手を下した1人分。


何十人、何百人もの人が男に石を投げつけ続け、ついに恐ろしい殺人鬼は死んだ。


「神父様、お知恵をありがとうございます。

 これで誰も死なずに、死刑を執行することができました」


「多くの人数で少しづつ痛みを分散すれば、

 相手を死に至らしめることもできるのですよ」


「ところで神父様……」


警察官はふと気になったことを聞くことにした。






「どうして、こんな方法を知っていたんです?」

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