第二十五話 対200
一戦あたり二分の対戦を二百回、進行係のギュムベルトがうまく引き伸ばして休息を稼ぐとして七時間ものあいだ一方的な攻撃にさらされなくてはならない。
終了する頃には太陽が真上に昇っていると考えたら気が遠くなる地獄だ。
それでも滑り出しは順調だった――。
『殴られ屋』のルールに従うという枷をもうけることで、オーヴィルたちにとって圧倒的な優位を招くことができたからだ。
一体一という形式からオーヴィルとサランドロは交互に対戦を行えた、それによって二分逃げ回ったあとに二分の休息を取ることができる。
また、攻撃を拳による殴打に限定したことで身長差が強調され、ドワーフの短いリーチに対して一方的に距離のアドバンテージを取れた。
つかみや体当たりを認めた場合、姿勢が低く馬力があり頑丈なドワーフの突進をいなすことはできても止めることはできない。簡単に引き倒され、百人どころか一人だってしのげたかは怪しい。
とにかく『殴られ屋』のルールは安全に配慮されており事故が起きにくく、処刑に適していなかった。
ドワーフ側も事前にルールの説明を受けて了承したてまえ異議を唱えたりはしない、たった二人を二百人で囲んでおいて公平を訴えるなんて馬鹿らしい。
一方的な処刑になるはずが、あれよあれよと回数が消化されていき、いつまでたってもトドメをさせない。サランドロ自身、二分を逃げ切ることの容易さに安堵していたくらいだ。
二百人をしのぎ切れるのではないかと楽観もしていたが、十人をしりぞけたところでそれが甘い考えだったことを思い知った。
残り百八十五人――。
オーヴィルが怒鳴る。
「おい、なにへばってんだ! 立てよ!」
「……も、もう無理だ、ヒィ、勘弁してくれ」
地面に倒れ伏したサランドロの両腕はドワーフの岩石じみた拳を受けて赤黒く変色し、目に見えない脚や腹部も痣だらけになっている。
数発しか受けていないはずの顔面すら、元の美しさが見る影もないほどに変形してしまった。
サランドロは暴力を振るうことにおいてはプロフェッショナルだが、殴られる側に立たなくなって久しい。
強いのは一方的に殴るときだけで、毎日二十人からの拳をかわし続けているオーヴィルと同じようにはいかない。
五人程度で力尽き、立ち上がれなくなってしまった。
「打たれ弱すぎだろっ!!」
連戦を強いられたオーヴィルが悲鳴をあげた。とはいえ、一度足を止めてしまえば無尽蔵の体力を持つドワーフのラッシュから逃れることは至難。
二分の縛りがなければサランドロは確実に殴り殺されていただろう。
残り百八十四戦――。
囲みの中から一人のドワーフが手を挙げる。
「ワから行かせてくれ、さっさと帰って自分の作業を再開したい」
ドワーフたちは早くもこの繰り返しに飽き始めていた。
彼らの行動が迅速なのは、面倒事は早々に片付けて自分の作業時間を確保したいという性格からだ。
一人ずつというルール上、待ち時間が長くなり、サランドロへの報復から義務以外の興味が徐々にうせはじめていた。
残り百八十三戦――。
「おきろっ! おい、おまえの勝負だろ!」
せっかちなドワーフの流れは止まらず七連戦中の殴られ屋にも限界が迫っている。
「……どいてください、ワタシが行きます!」
悲鳴をあげるオーヴィルを獣人由来の回復力で復活した人狼ノロブが押し退けた。
月は沈み、消耗から人間の姿に戻っている。ダメージを残しているが、血の気の多さを持て余しているようだ。
三人目の参戦にドワーフ側は意義をとなえなかった。対戦相手が誰かということより、自分の番を早く終わらせることの方に興味は移り変わっている。
今ならニィハによる回復魔術の介入も可能かもしれないが、ルールに従ってくれている現状を御破算にしかねないことを考えると動けずにいた。
長い闘いが続き朝を迎える――。
オーヴィルが三十二戦、サランドロが十戦、ノロブが八戦をしのぎ切った。
復帰したサランドロが再びダウン、ノロブも失神し、オーヴィルの足腰と集中力は限界を迎えていた。
暴力にさらされる三人はもちろん、一切の休息を取れないギュムベルトの疲労も深刻だ。
ギュムの采配が仲間の負担を左右し判断を誤ればこのゲームを崩壊させてしまう、一瞬も気を抜けない状態が続く――。
「さあ、ここで一度、人数の確認をさせていただきます!」
「そんなことはどうでもいい!! さっさと先に進めんか!!」
休息時間を稼ごうとするギュムをグンガ王が遮った。思惑に気づいて咎めたのではない、単に無駄を嫌ってのことだ。
残り百五十戦――。
「これは、無理かもしれねぇな……」
オーヴィルが弱音を吐いた。
限界を察した時点で四分の三が残っており、きっちりトドメを刺して帰るぞとばかりに最後にはグンガ王が控えている。
「――おい、サランドロ、生きてるか?」
返事がないことを不安視して振り返ると、横で寝転がっているサランドロが空の一点を凝視していた。
「……おい、あれはなんだ?」
異常を察知したサランドロにつられてオーヴィル、そして周囲の者たちがそちらを凝視する。
上空で『竜』が舞っていた――。
飛来する怪物の姿に一同身構えるが、すぐにそれが無軌道な害獣ではなく人に制御された『飛竜』あることが分かる。
「あいつは……」
オーヴィルはそれに見覚えがあった。竜の背に乗っているのは、行商人ルブレことアーロック・ルブレ・テオルム元マウ王国第三王子だ。
「やあやあ、取り込み中に失礼するよ」
『竜殺し』で知られる彼は独立都市スマフラウにて守護竜を打ち倒したと伝えられている人物、飛竜はその時の戦利品の一つだ。
「――おおっ、そこに見えるのはオーヴィルくんじゃないか!」
予期せぬ再会におおはしゃぎで駆け寄ると、ルブレはガッチリと大男の手を握った。
「知り合いですか?」
「マウ王国の王子だよ」
ギュムがたずねるとオーヴィルはため息混じりに答えた。ニィハが元女王であると確信した以上、何者と顔見知りだろうと驚かないが――。
「敵国の王子って……」
竜の飛来は『殴られ屋』を中断させるのに十分な存在感を発揮した、一同は着地した騎手の動向に注目する。
「もう王子じゃない、王位は兄貴が継いだからね」
商人ルブレはオーヴィルに歩み寄ると、旧来の友人かのようになれなれしく接する。
「――また会えて嬉しいよ、元気にしてた?」
「なにをたくらんでやがる」
対照的にオーヴィルは警戒の色を濃くした。西アシュハとマウは戦争中、敵軍の指揮官と思しき人物を警戒するのは当然だ。
「いまの俺は王国軍とは無関係、正真正銘ただの商人さ」
用件に入るかと思えば、ルブレの興味はニィハへと注がれる。
「――あれ、そちらのお嬢さんは? いや、この場に似つかわしくないご令嬢だと思ってね」
「おまえには関係ない」
在位一年程度の異国の女王の顔など知らなくて当然だが、庶民的な装いからもニィハの高貴さは感じ取れる。
――亡き者とされている元女王の存在を敵国の重要人物に知られるのはマズイんじゃないか?
「おい、ジロジロ見るなよ!」
ギュムは大声で威嚇すると、ニィハをオーヴィルの背後にスッと隠した。
ルブレはそれをのぞき込んで彼女にたずねる。
「へえ、驚いた。キミ、オーヴィルくんのなんなの?」
「家族みたいなものです……」
――家族ッ!?
ついに本人の口から言質が取れたとばかりにギュムはショックを受けると、それを押し殺すようにして声を絞り出した。
「夫婦ッテコトダヨ、コノ野郎ッ!!」
「……狂犬みたいな子供だな」
敵意をむきだしの少年に商人ルブレは困惑した。
しかし、悠長に自己紹介などをしている場合ではない。放置されたことでグンガ王がしびれを切らしている。
「おい!! こっちが先約だろうが!!」
ギュムたちが慌てて場を仕切りなおそうとするのに、「そうそう」とルブレは割って入るとドワーフたちに向かって声をかける。
「ドワーフの皆さん! 俺、じゃなかった。私はマウからやってきた行商人のルブレという者です。
本日はあなたがたの作る素晴らしい製品の数々を取引させていただきたく、商談をしに参りました!」
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