第十五話 解散
「子供が死ぬことはね、まあ、よくあることさ」
神妙な面持ちで並ぶ『劇団いぬのさんぽ』の一同に向かって、マダム・セイレーンは断言した。
死とは、日常のちょっとしたアクシデントのひとつにすぎないと。
『パレス・セイレーネス』の従業員は職業柄、悲劇に遭遇する頻度が高い。事件、事故、病、痴情のもつれなどで不幸に見舞われ、命を落とした娘たちを彼女は何人も見送ってきた。
施設内で寝食をともにする娼婦たちは単なる仕事仲間以上の存在であり、それぞれに思い入れもある。
しかし生きている者のため、いつもどおりに開店し何事もなかったかのように仕事をしなくてはならない。
誰が死のうと舞台役者が板の上では別人でありつづけなくてはいけないように、娼婦たちは愛嬌を振りまき、男たちを慰めなくてはならない。
「――あまり気にしなさんな」
その平静さは冷淡にも感じられたが、若者たちが死を重く受け止めすぎないようにとのマダムなりの気遣いの言葉だった。
「そういう訳で、ボクたちはしばらくここを離れようと思います」
人狼の正体がノロブと発覚したことで、度重なる災難はサランドロによる嫌がらせである可能性を拭えなくなった。
捜査が打ち切られたことでユンナの死の真相が明るみに出ることはなく、今後も被害者が出ないという確信は持てない。
イーリスは『パレス・セイレーネス』との契約を解除することに決めた。
距離を置き、ほとぼりが冷めるまでは一切近づかないつもりだ。
それに伴い、限定された舞台とキャストが必要となる『闇の三姉妹』の公演は完全に終了した――。
「大変お世話になりました」
玄関口で、ニィハはあらたまって警備員のユージムに頭を下げた。
『闇の三姉妹』全公演に参加し準劇団員みたいな扱いだったユージムだが、職務を放棄して娼館を離れる訳にもいかず、ここでのお別れということになった。
「やあ、正直さみしくなるよ」
「いろいろ無理を聞いてくれてありがとな」
演出助手的な役割もこなしてくれていた器用な彼にイーリスは謝辞を述べた。
「貴重な体験だった、人生で一番楽しい期間だったかもな」
彼の能力ならば歓迎したいところだが、まともな職についている人間を不安定な劇団に引き抜くのは無責任というものだ。
「――座長も元気でなあ!」
しみったれた空気を払拭するようにしてしゃがみ込むと、ユージムはアルフォンスの首を両手でガシガシとなでつけた。
イーリスは抗議する。
「噛めよっ! なんで飼い主のボクを噛んで、武装した他人を噛まないの!」
ユージムは最後にギュムと別れのあいさつを交わす。
「じゃあ、またな」「おう」
親、兄弟、親友、恋人、誰とだって別れは必ずおとずれる。
祭りが永遠に続くことはないのだから、終わってしまうことを悔いるよりも特別な時間を享受できたことを喜べたほうが幸福だ。
――さよなら、パレス・セイレーネス。
見納めとばかりにギュムは施設の全貌を見渡した。
関係者の身の安全を考慮した結果、専用の劇場だった娼館との契約は解除。
指定された施設以外での公演は条例によって禁止され、商人ギルドの独占によりその劇場は使用できない。
『劇団いぬのさんぽ』は八方塞がりの状況に追い込まれた――。
劇団の家に到着し、これからのことについて話し合おうというタイミングで、誰へともなくギュムベルトが愚痴る。
「演劇できる場所を限定するって決まり、おれは納得できないっス」
「おかげで身動きが取れなくなっている訳だからな」
オーヴィルが相づちを打ったが、少年の意図するところはべつにある。
「いや、それもあるんスけど……。たとえば、『闇の三姉妹』って場所ありきの内容だったじゃないスか」
施設自体が物語の導入の舞台であったし、吹き抜けを活用することで立体的な出はけのできる舞台でもあった。
「――色々と観てきたけど、野外に簡易舞台をつくったり、木登りすることを演出に盛り込んだり、安っぽいなりに工夫が楽しかったんです」
イーリスもそれに賛同する。
「木登りのやつ、面白かったね!」
内容自体は平凡だったが、降りられなくなったヒロインをどうやって助けたものかと男たちが試行錯誤する姿と、縦の空間の使い方が愉快だった。
「場所を限定してしまうと表現が制限されて、もったいなくないですか?」
ギュムは条令によって演劇表現の幅がせばまることを危惧していた。
イーリスは答える。
「制限の中から生まれる発明もあるから一概にそうとは言えない」
制限を加えられる一方、与えられた環境をどう最適化するかという思索からも新たな表現は生まれる。
「どちらにしろ、今回の件でムカツクなってのは無理な話だぜ」
オーヴィルが言った。
気休めを口にしたところで意味はない、彼らの不平不満の原因はルールの改正によって生じたものではないのだ。
ユンナが殺された――。
それらがサランドロによる妨害工作である可能性を感じている限り、怒りがおさまることはない。
オーヴィルは拳を握る。
「――サランドロの野郎をこのままほっておくのかってことだ!」
自分がやられたことへの憤りに限ったことではない。ここまでの度重なる暴挙、そして今後の安全のためになにかしらの報復をすべきではないのかと提案した。
オーヴィルが言及すると、ギュムもそれに乗っかる。
「次に道端で会ったら、ぶち殺さない自信はないっスね!」
「おまえは一度、頭を割られて死にかけてるんだからね?」
少年の無謀っぷりにイーリスはあきれ果てる。
「――とにかく報復はしない、そんな暇もないし時間と体力は新作に使いたいって言ったろ」
あくまでも衝突を回避しようとするイーリスにギュムは不満を覚えた。
盗んではいけない、暴力を振るってはいけない、うそをついてはいけない、マダム・セイレーンからはそう教育されてきた。
しかし、現実にはそれらを有効活用できる人間こそが優位に立っている――。
だとしたら、マダムの教えに従うことはハンデでしかないのではないか、倫理観とはただの足かせではないのか。
子供の勝利を願うなら、他人から奪え、暴力で支配しろ、だまして巻き上げろ、手段を選ばない方が勝つ――。
と、そう教えるべきではなかったか、それが正しい教育ではないのかと葛藤している。
「コンテストが終了して劇場が空くまで、大人しくしていればいいのかしら?」
リーンエレが当面の活動についての方針を求めた。
この一年を新作の準備期間と考えて休養に当てても良いのだが、それでは演劇を日課にするという劇団の理念に反する。
「どうしようか?」
イーリスがニィハを振り返る。
「活動を続けるなら、サランドロの管轄外に移動するというのが正攻法でしょうね」
大陸の中心部へ移動するか、いっそ国境をまたいで外国へ行くか、そうすれば条令に縛られる必要もない。
「そう、この町を出るのね……」
リーンが気だるそうに確認すると、ニィハは自らの提案を撤回する。
「いいえ、それが正攻法とは言いましたが、このままでは癪ですので次の公演も彼らの鼻先でやってやろうと思います」
イーリスがつぶやく。
「本性あらわしたな……」
ニィハはキリリと、真剣な面持ちで宣言する。
「――やると決めたならば、その場所を用意するのがわたくしの仕事です」
「えっ、どうゆうことです、条令違反するってことスか?」
制作担当の大胆な発言にみんな目を見開いて注目した。
「現時点で二案あります。どちらも確認してみないことには未知数ですけれど、領地内にあって条令の力が及ばない場所がまず一つ」
皆が「どこだ?」と首をかしげると、ニィハはヒントを口にする。
「――リーンエレさんには負担を強いることになりますが……」
その一言でイーリスはピンと来た。
「そうか、鉄の国ッ!」
それは領内にありながらも他国のルールが適用されているドワーフ族の自治国家の名だ。
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