第六話 商談
服を着たサランドロは二人に座るよう促すと、自分もふんぞり返るようにしてソファへと着地する。
「これでよろしいか?」
「今日はどんな用件で?」
彼の正面にギュムと並んで腰かけてイーリスはたずねた。
「ああ、近いうちに演劇のコンテストを開催したいと思っているんだ」
コンテスト開催の発表にギュムがはしゃぐ。
「それはいいですね!」
「開催期間中は優劣の結果を見届けるために人々が活発に演劇鑑賞を行い、経済に活性効果をもたらすだろう」
演劇がはやればそれを目当てにこの港町にも人の出入りが増えることが見込める。
宿泊施設や飲食店がうるおい、物資の豊富な港町に大量の財貨が落ちる。
市場をにぎわせることが商人ギルドの目的であり、それは劇団にも恩恵を与えるに違いない。
それは最高の提案――。
「それを踏まえて、イーリスにはうちの劇団の座付き作家になってほしい」
「ボクですか?」
サランドロがイーリスを呼び出した本題は、あの売れっ子作家ジオも所属している『本家演劇集団・大帝国一座』へのヘッドハンティングだった。
「ああ、劇団が一斉に立ち上がるなか、おまえこそがパイオニアだと主張する者が根強い」
「この町ではそうかもしれませんが、広い世界のどこかではすでに誰かがやっていた可能性もあるんじゃないかと……」
長距離の移動が非常に困難であるため他国はもちろん、となり町の情報さえろくに入ってこない。
イーリスこそが創始者である保証はないが、サランドロにそれを気にする様子はない。
「真偽なんてものはどうでもいい、売りになるものはなんでも使っていこう。とくにその若さと美貌を最大限に利用すべきだ」
美しい者の造作物が必ずしも優れているとは限らないが、美人作家という売り文句には高い効果が見込める。
ついでに天才とでも付け加えておけば間違いないだろう。
「でしたら、ちょうどいまドワーフの話をやりたいなと思っていたところで――」
「それは論外だ」
ピシャリ。実現するチャンスかと思い申し出たが、サランドロはそれを食い気味に突っぱねた。
「――人は美しい者に惹かれ醜い者を虐げる。という話の流れだったはずだが? 余計なことはしなくていいから『船乗りと乙女』みたいな話を書いてくれ」
度重なる否定意見にイーリスは異議を唱える。
「ええーっ、なんでドワーフはダメなんですか?!」
「なんでもなにも、まず見栄えが悪いだろう」
洞窟生活という種族の生い立ちから、ドワーフの外見は機能的であると評することもできる。
しかし、背丈は人間の半分程度しかなく、そのくせ倍ほども幅のある彼らをチビだのデブだのと揶揄するのが一般的な感覚だ。
「でも、そんなのは人間側の主観でしかないし……ブツブツ」
「おまえはどこに向かって商売をする気だ? われわれが相手にするのは人間であり、その視点こそがすべてに決まっているだろう」
「たしかに!」
対象は少数しかいない異種族ではなく多勢である人間だ、ターゲットを喜ばせられなければ商業的な価値はない。
「ブサイクは排除しろ、誰も幸せにならない」
イーリスもそれくらいは理解していたので、軽く愚痴って引き下がるつもりだった。
しかし、美醜についての議論はサランドロを無駄にヒートアップさせる。
「――美人はいるだけで場を華やかにし他者を幸福な気分にさせる。それにくらべてブサイクはどうだ、存在するだけで景観を破壊し不快にさせるだけの忌むべき存在ではないか」
「……言い過ぎでは?」
あまりの暴論にイーリスとギュムは言葉を失う。
「実際、人類のためにもブサイクは淘汰されるべきなんだ! 法律でやつらの結婚、出産を禁止し、美人のみを支援する。そうすれば人類のデザインはみるみるうちに向上していくだろうさ!」
「……とはいえ、人の好みは千差万別ですか――」
「そうだろうか! ブサイク連中ですら身の程知らずにも美を求めている。醜いジオが書いた『船乗りと乙女』の登場人物も美男美女ばかりだろう!」
「あ、ああ、ぁ……」
無理に意見を戦わせて場を険悪にする必要はないとイーリスは口をつぐんだ。
「皆、ブサイクの淘汰を望んでいるということだ。その方が未来の子供たちのためにもなる」
それはあくまでもビジュアル限定の話であり、生産性などは著しく停滞するだろう。
「そ、そうですね!」
イーリスはサランドロの頭部にあるヒナ鳥のような質感の毛髪を眺めながら、『将来、ハゲますよね?』という言葉を飲み込むと精一杯のあいづちを打った。
「――では、その願望を演劇にしましょう。ルックスの良くない者から一割を定期的に間引くという法律を作った王様の話なんてどうですか?」
みるみる国民は美しくなっていき、インフレに追いつけなくなった王家は何度目かの選別で間引かれて滅ぶことになる。
美的感覚の流行が唐突に変化したことで王様が処刑されてもいい。
「フッ、やめておこう」
イーリスの皮肉をサランドロは軽く流した。
「――ブサイクにも財布はあるのだから」
彼自身、妄言が実現するとは思っていない。美醜の格差があるからこそ、より自分の優位性が際立つのだと理解している。
「そう、ドワーフがなぜ好ましくないかという話だったな」
サランドロは脱線させた話を軌道修正した。
「もういいです、需要がないからでしょ」
「いや、それ以上にやつらには存在感を与えたくないというのが本音だ」
それはイーリスの予期していない回答だった。サランドロはドワーフを見下しているのではなく、むしろ警戒しているのだ。
「――ドワーフは醜く野蛮だが、あのガントレットのように大きな手で人間のどんな職人よりも緻密な細工を施すことができる。
われわれは毎年あまたのコンテストを開いているが、ドワーフには参加資格を与えない。やつらの作るものは人間のそれよりもはるかに優れているからな」
出しゃばるまいと黙っていたギュムが口を挟む。
「だったら、なおさら参加させるべきなのでは?」
競いの場を設けることで全体の技術向上を促す、それこそがコンテストの意義だと少年は思っていた。
しかし主催者にとっては違う、その目的は人々の財布のひもを緩めることの一点だ。
商人ギルドが儲からないなら、そもそもコンテストを開く意味がない――。
結果は職人の成果には左右されず、より商人ギルドに還元されること想定された職人が受賞することになっている。
鍛冶師のコンテストであれば時勢を考慮して武器の需要が増すと判断された地域の職人が名声を得る。それによって市場が潤うという仕組みだ。
なぜ、ドワーフの参加が認められないのか――。
彼らが石工、鉄工、そして火の扱いに長けたのは洞窟育ちという環境と種族の特性によるものであり、人里におりてきたドワーフが他分野に情熱を燃やせば立ちどころに名人になってしまう。
「すでに売れっ子作家であるジオは、おまえよりもはやく物語を書きはじめ、おまえが寿命を終えたあとも元気に物語を生みだし続ける」
生後四年で成人し、三百年生きるドワーフ族の全盛期は長い。さらに健康や生殖をかえりみることなく物作りに没頭する。
通常、期限に余裕があれば作業効率は落ちるものだ。エルフの文明がいつまでも発展しないように、寿命の短い人間こそがガムシャラに発展してきた。
しかしドワーフという種族はその特性として、疲れも知らなければ病気もせず、情熱を維持しながら人間の倍もある猶予に全力を注ぐことができる。
「それは勝てない……」と、イーリスも白旗をあげた。
「ドワーフだけが毎年のように優勝し、ドワーフの造作物だけが売れる。そうなるくらいならコンテストなんかやらない方がいい」
商人ギルドからいくつかの劇団を同時発進した結果『船乗りと乙女』が独走したが、その作者がドワーフであったことはサランドロの関与していないところだった。
ドワーフは独自の国家を築いているため商人ギルドにとってもコントロールしにくい相手だ。
利益が流出することで賞を与えるうま味がないどころか膨大な損失を被ることになるだろう。
そういった観点から、ジオではなくイーリスをかつぎ上げるべきだと『商人ギルド』は判断した。
「――人々はわれわれの与えた服を身に着け、われわれの与えたものを食べ、われわれの与えた娯楽を楽しまなくてはならない。
オレが売ると決めたものしか売れてはならないし、オレが売らないと決めたものは絶対に売れない、それがこの町の掟だ」
サランドロは港町で営まれるすべての商売を管理している。出店するものは彼の許諾を得なくてはならず、より見返りを提示した商人をギルドは優遇する。
彼らが関与する以上は成功が約束されたということだ。
サランドロは断言する。
「おめでとう、未来はキミの手のなかだ」
『美しき演劇の創始者』として、大々的に歴史に名を刻んでくれるという提案だ。
首をひとつ縦に振るだけで、莫大な富と名声が手に入る――。
「これは興味本位なんですが……」
どのような心境か、イーリスは視線を合わせず髪をいじりながら切り出す。
「――演劇をご覧になった感想をお聞きしてもかまいませんか?」
結論から言って、サランドロは演劇をいっさい見ていない。
「気を悪くしないでくれ、扱う商品すべてを把握することは不可能だ」
市場に出回るすべてを扱っているのだから当然のこと、日用品から薬品にいたるまですべての専門家である必要はない。
イーリスにしてもたいした期待をしていた訳ではない。
ただ、作品の内容に少しでも触れてもらえたら、心に折り合いが着くような気がしたのだ。
しかし、自分の出世には団員たちの生活がかかっている。
――いつまでも好きなことだけって訳にはいかないしな……。
そしていざ決断をしようとしたとき、先に発言したのはイーリスでもサランドロでもない。
「もったいないですよ!!」
ギュムベルト少年だった。
「――自分はほとんど毎日、なにかしらの舞台を見に行きます。ハズレも多いけど、出会っておくべき物語にはなにものにも替え難い感動があります!」
食わず嫌いにむかって好物を進めるような、そんな単純な衝動からくる率直な意見だ。
しかし、当然のようにサランドロには響かない。
「あれは能力のない人間がありがたがるものだ。自分では美女をものにすることができない、胸が踊るような冒険に出ることもない、時間を惜しむに足る目標すらない。
そんなつまらん連中が人生に少しでも彩りを添えようとすがるのが物語だ。
美女を抱く、ヒリヒリするような勝負に身を投じる、それらはすべて自らで体験することに意味がある。疑似体験など、じつに空虚な行為だと思うね」
物語は負け犬たちのための玩具――。
作りものの恋、作りものの栄光、それらを享受しようとする態度をサランドロは惨めなものと見下している。
「他人の恋愛に興味を持ってどうする? 架空の人物の生死になんの意味が?」
――ふわっふわだぁ……。
しかしサランドロの演説は、彼のはかなげな毛髪に気を取られているイーリスの耳には届かない。
「必要ですよッ!!」
ガタッ――。
「……おおっ、いきなりどうした!?」
上の空だった横でギュムが大声をはりあげたことにイーリスは仰天した。
「さっきから聞いてれば、あんたは自分の自慢話しをするばかりで、ちっともクリエイティブな話にならない!」
「ギュムくん、ちょ……!」
「先生もなんです、ハイハイって言いなりじゃないですか!」
白熱する少年にサランドロは答える。
「金を稼ぐ手段はたった一つ、弱者を気持ちよく騙してやることだ。物語に興味はないが、広告としての価値は認めている」
物語を求めるものは惨めな負け犬だが、勝者がつねに一握りであるからには民衆のほとんどがそれに該当する。ならば、それは立派な商材だ。
「――せいぜい負け犬どもを踊らせてやってくれ」
「ああっ! なんでだろ、なんでそんな言い方するかなっ!」
ギュムは胸をかきむしるような仕草で、足りない言葉を絞り出そうともがく。
「――物語は弱者の慰みものなんかじゃない! 成功の上にあぐらをかいて弱者を侮辱することしかできない、あんたみたいな人間のための教材なんじゃないですかね!」
人間は他人の痛みが分からない。けれど、演劇鑑賞中は断片的にそれができるようになる。
――物語の意義はそこにあるんだ。
ギュムは敵意をむき出しにしてサランドロにたたきつけた。
「……少年は、元気があってよろしい」
しかし、優位な立場にいるサランドロにとって子供の皮肉など痛くもかゆくもないようだ。
「ぷっ、あはははははっ!!」
突然、イーリスが笑いだした。
「――ご、ごめんなさい。ツレが、本当にバカで申し訳な……、ククッ」
「先生ぇ……」
身内にまで笑われてしまいギュムは居たたまれなくなってしまった。
少年が大人しくなったところで、サランドロは改めてイーリスに確認する。
「まあいいさ、新作はいつまでに上がる? コンテストの開催日をそこに合わせよう」
ギュムとの問答は時間の無駄だったとばかりに、一足飛びで日程へと話を進めた。
しかし、イーリスの返答は彼の想定を覆す。
「至れり尽くせりで本当にありがたいのですが、このお話はお断りさせていただきます」
なにかの駆け引きか、サランドロは一瞬その意図について思案した。
この町にサランドロ・ギュスタムの誘いを断る人間などいるはずがない。
いてはならない――。
「……断る、なぜだ?」
「ボクらは幼稚なので、自分の好きなものを他人に褒められることがただ嬉しい。その一心で演劇をやっています。
申し訳ないのですが、ボクではまだお役に立てないと判断しました」
――まったく、理解に苦しむ。
金を稼ぐ以上の価値など存在しない、より金を持つ者だけが勝者であるのがこの世の原則だ。
ともすれば怖気付いたのだろうか、交渉が予期せず難航していることにサランドロはいらだちを覚える。
「……黙ってルールに従え」
威圧をこめて机をトントンと指で鳴らした。
「ルール?」
「おまえのゴミみたいな主張を捨てて商人ギルドに迎合しろ、変化できない者に明日はないぞ」
計画を滞らせる訳にはいかないと、サランドロは脅迫を開始した。
しかし、イーリスの決定は変わらない。
「拙い作品に下駄を履かせるのには抵抗があるんです」
そう前置きをして結論を伝える。
「――ボクは詐欺師じゃないので、毛根が活性化すると言って売り出して本当にそうなればいいんですけどね。って、あっ……」
伝えて後悔した。
――ハゲてますね。って、言ったみたいになっちゃった!?
当てつけて言ったわけではなかったが、それはサランドロとの交渉を決裂させる決定的な一言だった。
「ああ、たしかに髪質が柔らか――」
「ギュム君!!」
イーリスは失敗を上塗りしようとする弟子を慌てて黙らせる。
「――その、まだです! まだハゲてませ……ああっ!?」
そして失言をくりかえした。
サランドロのまとう空気がどんよりと重くなり、イーリスは危険を察知するとギュムの手を握って立ち上がる。
「そ、そういう訳で、お力になれなくて申し訳ありません! それでは、ボクたちはこれにて失礼いたします!」
イーリスはギュムの手を引くと、逃げるようにしてその場を立ち去った。
残されたサランドロはこぼれんばかりに眼球を見開くと怒りに全身を震わせる。
そして、屋敷中に響くほどの雄たけびをあげながら机に鉄槌を振り下ろした。
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