第二幕 兄弟と三姉妹/第二章 入団

◢二幕一場 決闘と駆け引き


これより我々は人類に仇なす魔族を滅ぼすべく進軍を開始する。いざ、魔王軍討伐へ!!


マントをはためかせ、威風堂々と出発したのが数刻前。

討伐部隊は瞬く間に壊滅した――。



戦闘後、帝国軍がついぞ発見することが叶わなかった敵本陣に五つの人影。

遺跡じみた古城の広間にて、闇の三姉妹の長女メディレインが次女シエルノーを問い詰めていた。


「これはいったい、どういうつもりだ?」


「どうもこうもない。リーンが殺すなと泣きつくから、仕方なく捕獲しただけのことだ」


三姉妹の足下には意気揚々と作戦に参加し、なす術もなく捕縛された哀れな人間たちが転がされていた。

植物の蔦によって手足を拘束されているのはシェパドとラドルの二人組である。


「泣きついてはいない。行き詰まった現状を好転させたい。そのために人間との対話が必要だと提案しただけ」


イブラッド率いる義勇軍の作戦は森への潜伏、闇討ちのはずだった。しかし、森に踏み込んだ時点でその存在は姉妹たちには筒抜けだ。

三姉妹は容易くそれらを撃退し、残る二人を駆除して完了といった段階で三女リーンエレが引き止めたことで今に至る。



「どうしようアニキ……」


「静かにしてろ、従順なフリして逃げる機会を待つんだよ……!」


小声でのやり取りも鋭敏な聴覚を持つエルフには丸聞こえだ。


「縛れ」


次女シエルが命じると二人を拘束する蔦は生き物のように従い、その力をいっそう強めた。


「うぎぎぎ……ッ!?」



「対話が必要だと? よもやオベロンのことを忘れた訳ではあるまいな」


長女レインが三女リーンを追及する。


「忘れてない、でも……」


彼女たちのリーダーであったオベロンは先の襲撃時に殺害されていた。

構成員の四分の一が失われたことは惨事だったが、それ以上にたった一人の男性が失われたことが深刻だった。


「待ってくれ、魔王オベロンはやっぱり死んだのか?!」


「あ、アニキ!?」


三姉妹の口論にシェパドが割って入る。


「昔そんな噂があったが、証拠がねえってんで誰も信じなかったんだ!」


その質問には誰も答えない。かわりに次女シエルの蹴りがシェパドの腹部に炸裂した。


「うごっ!!」


「アニキ、き!?」


人間の手によって奪われた仲間の話だ、当の人間に追求されて愉快なはずもない。


「埋めよう、目障りだ」


「シエル待って」


三女リーンが止めに入ったが、もはや聞き入れる耳は無い。

精霊にひとこと命じれば、拘束状態の蔦が二人を絞殺するだろう。


「ドリアード!」


死刑執行を遮るようにシェパドが叫ぶ。


「シエルとかいうエルフ、オレと決闘しろ!!

死ぬときは闘いでと決めている!!」


それが戦士の矜恃。情けをかけろとシェパドは訴えたが、シエルの表情はいっそう凍てついていく。



「人間の都合など知るか」


振り上げた手を握るとそれに応じて精霊が蔦を締め上げた。


「ぐおおおおおっ!! ンンンンンンンッ!!」


「あ、アニギぃぃぃ!! もお、ダメだぁぁぁ!!」


十秒もあれば二人の息の根は止まる。


しかし、発声されたかも怪しい言葉を逃さなかったのはエルフの優れた聴覚ゆえか。


シエルは絞殺刑を中断した。



「シエルノー」


長女レインが強い口調で名を呼んだ。次女が良くない虫を疼かせたのを察知したのだ。


「……いま、臆病者と言ったな。どういう意味だ、ワタシに向かって言ったのか?」


それが『助けて』や『死にたくない』といった類だったならば、思いとどまる理由もなかった。


しかし『臆病者』とはどういうことだ。



「ヴォォエッ!! ゲホッゲホッ!!」


「答えろ!」


シエルはシェパドを問い詰めた。


「……そうだ、おまえに言った。さすがに決闘は怖いと見えるな」


シエルは目を白黒させる。


「意味不明だな。ワタシはなにも恐れない」


恐れるべきは無力な人間の方であって、それではまったく理屈に合わないではないか。



「――わかった、決闘を受けよう。くだらない認識の歪みを正してやる」


単なる思い違いに過ぎなくても、見下されながら死なれては不本意だと、次女シエルは決闘を承諾した。


エルフ次女が手をかざすと二人の拘束が解ける。

言って聴く妹ではないとメディレインは口を噤んだ。



「さあ、掛かってこい。ワタシに恐れなどないことを証明してやる」


シエルは数メートル先のシェパドへと手を翳し、精霊に指向性を与える。

風の刃でシェパドの首を跳ね飛ばすつもりだ。


「待て! あんた、決闘の仕方は理解しているのかい?」


開始を待つシエルに対し、シェパドは決闘の作法を確認した。


「煩わしいことを言うな。一体一で闘えばいいんだろうが」


「そうだが、魔術の使用は決闘の礼儀に反するぞ!」


「はっ、知ったことか!」


エルフ族に決闘などという慣習はなく、人間が作った作法に興味もなければ倣う理由もない。


「決闘での魔術使用は卑怯者の所業だぞ!」


「なっ、ひ、卑怯者だと! いいだろう、精霊抜きでやってやる!」


ないのだが、不当な理由で名誉を貶められることは嫌った。



「シエル?」


露骨な挑発にはまっていく姉を三女リーンエレが諌めようとした。

しかしその声は大袈裟にがなり立てるシェパドの声で届かない。


「さすがは魔王の娘! 素晴らしい高潔さ! 俺は敬意を表する!」


「当たり前だ! さあ、来いッ!」


今ならいかなる契約書にでもサインをさせることができるだろう。そう思わせる勢いがあった。


そして駆け出しかけたシエルをシェパドは制止する。


「待てい!!」


「今度はなんだ!!」


一向に開始されない決闘に、シエルはすっかり痺れを切らしていた。


「エルフ族の気高さには感服するが、完全な決闘にはあと一歩たりない!」


「それはなんだ、言ってみろ!」


「いま、オレたちは双方に異なる武器を装備している。これはアンフェアだ!」


シェパドは片手剣を、シエルは手斧を携えている。


アンフェアとは言うがそんなものは慣れの問題であり、どちらが有利、不利という話ではないように思える。


素人でさえなければ決闘にはむしろ剣の方が適していた。


「私はかまわない!」


「いや、ここまできたら完全におなじ条件でやろうじゃないか!


――素手だあ! 素手での勝負を申し込むう!」


それこそがシェパドの狙いだった。相手が疑うことを知らないのに託けて、戦力を根こそぎ奪うつもりなのだ。


「決闘……、素手?」


そして、ここまでのやり取りでシエルはすっかりパニックに陥っていた。


「フェアーな勝負を恐れるのならば仕方ないが?!」


「いいだろう! 素手でやってやる!」


今なら、神父の前で永遠の愛を誓わせることすら出来そうな勢いがあった。



――すげーやアニキ! 女相手に完全な腕力勝負に持ち込んだ!


ラドルは勝利を確信した。


ただでさえ、シェパドは優秀な戦士だ。ラドルが憧れるに足るだけの実力があるのだ。


平時ならば彼の行為を恥じただろう。しかし、相手は人類の敵だ。

邪悪なる魔族の首領格を断ずる行為が正義でないはずがない。



「では正々堂々行くぞ! 正々堂々による、正々堂々とした勝負だ!」


圧倒的アドバンテージたる精霊魔法を奪い。非力を補うための武器を奪い。

今、薄っぺらく痩せこけた女体に向かって、男性様の逞しい剛腕から正義の鉄拳を叩き込む。


「――人間とは、まこと度し難い」


黙って静観していた長女、メディレインが呟いた。


「えっ?」


その言葉に気を取られ、ラドルが決闘から視線をはずした刹那。


「ふん!」


シエルのパンチが顔面に炸裂、シェパドは地面に倒れ伏していた。


「あ、アニキィィィッ!!」


一見貧弱に見えるエルフだが、けしてそうではない。

足場の悪い森を駆ける足腰は強く、動体視力、反射神経においても人間の追随を許さない。


彼女たちに限っていえば、帝国軍を相手に数百年培ってきた戦闘経験がある。

たかだか十年程度の冒険者生活で渡り合えるはずもなく、シェパドはワンパンでKOされたのだ。



「わかったか、私が恐れる理屈などないと!」


主張が証明された今、もはや生かしておく理由はない。

シエルは手斧を拾い上げ、意識の途絶えたシェパドへと向かう。


万事休す――。


ラドルが立ち塞がったところで時間稼ぎにすらならないだろう。

だからといって兄貴分が殺されるところを黙って見てはいられない。


「やい、化け物!!」


ラドルはシエルを引き止めるため、無防備だった三女リーンエレに掴みかかった。


リーンは無抵抗のまま拘束を許した。


「アニキを殺したら、こ、コイツがどうなっても知らないぞ!!」


「無駄。キミではわたしには勝てない」


彼女が抵抗をしないのは窮地に値しないという認識からだ。

しかし、エルフたちにとってイレギュラーとなる『あるアイテム』を少年は所持していた。


半信半疑だった。しかし、いまは頼らざるを得ない。

ラドルは指輪を掲げる。それは『娼館のエルフ』から譲り受けた魔法具。


「命をひとつに――!!」


唱えると指輪は眩く発光した。


光は収束し、その両端がシェパドとリーンを結びつける。

そして役目を終えたとばかりに砕け散った。


「あっ、使い切りか!」


訳もわからずにラドルが感想をこぼした。



「おまえ、何をした……?」


嫌な予感に駆られてシエルが訊ねた。

指輪から放たれた力が何かしらの効力を発揮していることを察知できたのだ。


ハッタリではない『何か』が起きたのだと。


「あ、アニキを殺したら、コイツも死ぬように呪いをかけた!」


娼婦の言葉が真実ならば、それは『道連れの呪い』だ。

ラドルはその力を使ってリーンを人質にとったのだ。


「……ふざけたマネをッ!」


シエルは激怒した。


「あっ、そうか!」


殺意の矛先に立ってラドルは初めて気付く。


シェパドが殺されることこそ避けられたが、魔法具が砕け散った今、自分が生かされる理由はないのだと。


「死ね、人間――!!」


「シエル、待って!」


シエルがピタリと動作を止める。


ラドルの処刑を遮ったのはリーンの発した制止の言葉ではなく――。


「あはははははっ!!」


冷徹だった長女レインの笑い声だった。



「「……レインが笑ってる」」


次女、三女は呆然とした。長女の笑い声を聴いたのは実に百年ぶりのことだ。


「――面白い」


そう呟くと、レインはラドルへと歩み寄る。


死への恐怖に硬直した少年に向き合うと、オベロン亡き後、魔族の長を務める妖女は彼の額を指で突いた。


するとラドルは電流のような痛みを受けて弾かれる。


「痛いっ! な、何を!?」


地面を転がる少年を見下ろしながら魔族の長は告げる。


「貴様の命と引き換えにリーンエレは蘇生する。そのように呪いをかけた」


一同、唖然とその様子を眺めていた。


「……えっ、するとどうなるんだ?」


要領をえられずにラドルは問い質し、レインは端的に答える。


「リーンが命を落としても、貴様を殺せば生き返る」


「…………え?」


シェパドが殺せばリーンも死ぬが、ラドルを殺すことでリーンは生き返る。


つまり、シェパドとラドルの死後、三姉妹は健在ということになる。


「じゃあ、刻んで撒いてもいいんだな?」


「順番を間違わなければな」


シエルの確認をレインが肯定した。


「そ、そんなの卑怯だぞ!!」


ラドルの抗議をシエルが却下する。


「仕掛けてきたのはそっちだろうが!」


次女エルフが命じると、植物の蔦が再びラドルを拘束した。



指輪の力については懐疑的だった。それにすがったのも苦し紛れでしかなかった。

無力な自分に窮地を脱する術などあるはずもなく、『呪い』が機能しただけでも奇跡だとラドルは思っていた。


そして、それすらも徒労と潰えた。


シエルは意識のないシェパドの頭部を掴んで固定し、首を確実に切断できる姿勢を確保する。


「おい、待て!! やめろ!!」


ラドルの言葉は一切の効力を持たない。


命が絶たれるのを観察して待つか、視界から外して待つか、もはやそれ意外にできることはなかった。


無力な少年眼前で、魔族の姫は斬首の刃を振り下ろした。

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