新発売!箱入りむすめ
頭野 融
第1話
「箱入りむすめ」というものが流行った。
ある種の家電製品の様なものだろうか。簡単に言えば、大きな箱に入っている女性の姿かたちをしたロボットだ。
箱入り、というのは単に箱に入っているというだけではない。本当に箱入りなのだ。生命維持―といってもロボットだが―に必要なこととある程度の知識以外は何も知らない。購入者が教えて育てていくという特徴があるそうだ。特に感情などを。若者でなくなった、というほどの年齢の独身男性に特に人気らしい。彼女や妻の代わりと言ったところだろうか。
すいません、そう呼び止められた家電量販店の店員と客の会話が始まる。
「箱入りむすめ、を探してるんですけど。」30ぐらいの男性が言う。
「はい、こちらですね。」店員が快活に答えて、店の一角に案内する。大きなボール箱が積み上げられており、その横にはきれいな女性のパネルがある。
男性が種類を尋ねると、店員が髪型が4種類、髪色が4種類、背格好、関係が4種類から選べる、と答えた。人気があるのは、ロング・黒髪・標準・彼女であるとも。その説明の流暢さから、この説明を繰り返した回数が思われる。
「他に設定項目とかはないんですか。」男性が気だるげに口を開く。
「そうですね。基本的には、先ほどの通りで、性格などは接し方で決まりますね。」
接し方ですか、と男性が訊き返すと、これもよくある質問のようで、会話での答え方などを指す。また、なってほしい性格に合わせた接し方ガイドはついています、と加えた。なるほど、そう言って男性は値札を見て、思案している。
店員の慣れ方や、専用のコーナーができていることなどからも分かるように、「箱入りむすめ」は社会に浸透した。はじめこそ賛否両論あったが、次第に倫理的な問題よりもAIの進化の方に目が向けられ、非難する声は減って行った。
「これって、買ったらどうしたらいいんですかね。設定はさっきの一番人気のものでいいんですけど。」どうやら男性は購入を決めたらしい。
「そうですね。説明書は入ってるんですけど、それは、ロボットと一緒に入ってるんですよ。」
「はぁ。」
「配送をせずに今日持ち帰られるんだったらですね、今見えている外側の段ボールの中に、白い大きな固めのプラスチックの箱が入ってるんですよ。そのなかにロボットがいるんですけど、それを開けて、ロボットが始めに認知した人のことを彼女だと思うんですよ。」
「インプリンティングですね。」男性が口を挟んだ。心理学や生物学の用語で刷り込みの意味だ。卵から孵ったヒナが、親鳥を認知して後ろをついていくことなどがその代表例だ。
「そうですね。それで、その箱の中に、説明書も入っています。そこに詳しいことは何でも書いてありますよ。」
広い店内ではそれほどでもなかった箱は、1LDKのマンションの一室には大きかった。男性は運び入れる大変さと他の住人の視線を感じつつ、部屋にそれを入れた。
カッターを探して封を開けた。中に白い箱が入っていた。各辺1mぐらいだろうか。さて、開けるかと思って、ここではなんだなと思いなおした。そこは、リビングに通じるドアを開けたすぐ前だった。一人で住むには少し、広さにゆとりのある家だが、いつかのこの日を見越して、この部屋を借りた。
チェックの模様が薄く入った、前に何もない壁の前に箱を丁寧に動かして、仕切り直した。
頑丈そうな蓋は思っていたよりも簡単に開いた。
中をのぞく。
同年代の女子と同じ服装をした女性がひざを折って座っていた。年齢も設定できたので店でお願いしたのだ。
何か悪いことをしているような気がして、それは彼女が人形のように動かないからだと気づいた。しかし、時は今でないのかも、とも思い、上に開いた蓋に手をかけた。
「待ってください。」女性の声がした。箱の中から。
その次の瞬間、彼女は立ち上がり、こちらを見つめた。
少しうろたえながら、待ってくださいと言われたことを思い出し、蓋を全開にした。
「ありがとうございます。あなたのお名前は。」にっこりと微笑みながら言われた。
この会話は台本通りだ。説明書で確認した。話し方がかたくて、いかにもロボットらしいのは話し方すらも自分で教えることができるかららしい。
「私は鈴木 誠です。そして、あなたは
「まことさんですね。」
「はい。」
「そして、私はりかですか。」
「そうです。すももの『り』にお花の『か』です。」
「わかりました。良い名前でうれしいです。」このように名前の漢字がわかるのは「ある程度の知識」の範囲だったのだろう。
「あと、敬語じゃなくていいよ。」
「はい、わかりました。」
「そうじゃなくて。」
「あっ、分かった。です。」そう言って李花は顔を赤らめた。
僕が笑うと、彼女も笑いだした。
「ごめんね、急に、慣れないし、恥ずかしいね。好きにしてくれて構わないよ、やっぱり。」
「そうですか。ありがとうございます。」敬語に戻ったようだ。
「じゃあ、これから、二人で仲良く過ごしていこうね、李花さん。」僕がそう言うと、
「はい、楽しみです。まことさん。」と返って来た。
僕が顔を赤らめると、
「恥ずかしいんですか、まことさん?」と言われた。
これは先ほどの会話を客観視して、顔を赤らめる=恥ずかしいということを学んだのだろうか。
「じゃあ、何しますか。」そう言われて、その会話の間合いがあまりに自然でロボットだなんてことは忘れた。晩ご飯の買い出しに行かないといけないから、トーキに行こう、と言うと「トーキ」とは、と訊かれ歩いて2分のところのスーパーのことだ、と教えた。こうやって、知識が増えていくのだろうか。
こうして、鈴木と「箱入りむすめ」李花の生活は始まった。
生活は楽しく過ぎて行った。一緒にご飯を食べ、料理の仕方を教えると翌日の朝ごはんを作ってくれたり、小説を読んでいると隣からのぞき込んできて、一緒に読んだりした。李花の服を一緒に買いに行って、店員さんに言われて服を着て、どっちが良いかを訊かれたりした。ロボットという意識はどんどん薄れた。
最初の日から、半年ほどたつと、李花はすっかり、彼女らしくなった。感情も豊かになったし、立ち居振る舞いも人間らしく、彼女らしくなった。
たまには、喧嘩したときもあった。はじめの方だと、喧嘩しようにも、相手の感情が推理できず、自分に十分な感情のない李花に喧嘩をすることはできなかった。それに何より僕が遠慮した。
それも始めのうちだけで、次第に喧嘩ができるようになった。喧嘩できることがうれしかったし、彼女なんだという気がした。理由は、二人とも同じお菓子を買って来たけど、買ってくると言ったどうだとか、ペットボトルのラベルは剥がしてほしいだとか、そんなものだった。
李花はいつもどおり、彼氏の帰りを待っていた。晩ご飯は作り終わり、それでも時間があったので、掃除機をかけていたところだった。
自分が入っていたという、白い箱の中もふたを開けて掃除機をかけた。
バチ、バチバチ。スーーー。
よくわからない音がしたが、自分が持っていた掃除機の先が、焦げてぽとりと落ちた。
理由は落ち着いてみるとわかった。この白い箱は、自分が充電の時に使うもので、そのときは寂しいと二人で言い合ったものだ。しかし、プラグなどが自分にあるわけでもなく、中に入って座っていれば充電が完了するという、優れものの箱だった。
それに掃除機を入れたら壊れた、ということは、掃除機を充電対象と思い、電気を流したのだろう。最新のモデルを買ったと言っていたし、申し訳ない。
「ただいま。」そこに鈴木が帰って来た。早足にリビングに歩いてきて、スーツを脱ぐ。晩ご飯は何と訊いて、その答えを待たずに席に座った。
「あの、晩ご飯は野菜炒めだけど。」李花もすっかりため口だった。
「けど?」
「ええと。」
「何?ああ、野菜炒めが冷めてるって?別に電子レンジであっためればいいし、電子レンジは李花に危険らしいからな。」
「いや、そうじゃなくて。掃除機。」
「ああ、新しい高性能のやつ?」
「うん、ごめん、壊しちゃった。」
「ええっ。どれ。ああ、先が焦げ落ちてる。電圧が外からかかったな。どうして。」
「あの。その私の。」
「あっ、この箱の中を掃除しようとしたのか。別にそんな汚れてないのに。」
「うん、まあ。ごめん。」
「でも、別にいいよ。安かったし、明日、粗大ごみの日だし。」
「え、捨てるの。」
「ああ、もういらないだろ、使えないし。」
「まあ。」
「使えないものなんて、邪魔なだけだろ。高性能が売りだったんだし。これ、ちょっと味が薄いな。胡椒かな。」
「そうかも。」李花も味は分かるが人ほどに高性能ではなかった。
最近、鈴木は変わった。少なくとも李花はそう感じていた。特にここ1、2か月ほどで。
しかし、それは自分のせいかもしれない、とも李花は考えていた。
最近、私にはできることが増えたし、知識も増えたし、感情も細かく分かるようになったし、自分にも感情が芽生えた。
できることが増えた分、できないことも浮き彫りになったし、何かができても、すごいといった雰囲気はなくなっていた。鈴木が自分を、一人の人間として扱ってくれているからこそだろうが。
増えた知識の分、自分が意見を持てるようになり、それを鈴木に言うことも多くなった。AI、故なのか李花の論理はいつも正しかった。
鈴木の感情がより分かるようになり、苦労したことも多い。それに、自分が感情を持って動くことで鈴木との衝突が生まれているのは事実だ。
こんなことを考えていると、疲れて来た。ご飯もちょうど最後の一口を食べ終わったころだし、少し休もう。背もたれに寄りかかって、うつむいて、目をつぶった。
「李花、李花、寝たのか。野菜炒め、おいしかったよ。」頭が反応して動きそうだったが、制御した。
「まあ、いいか、別に。リトゥーン、粗大ごみ 回収 で調べて。」呼びかけに反応したパソコンが機械音を返した。
「指定の用紙を購入し、ごみに貼って回収日の朝9時までに置いておいてください、か。買わないといけないのか、サイズは中だから、300円か。仕方ない。」プリンターが騒がしく動き始めた。
「使えないもんは置いといてもな。大きいからスペース取るし。」はさみの音が聞こえる。ペンで名前とマンションの号室表示も記入しているようだ。
明日は出張で駅に行かなきゃならないから、李花にごみの方は頼もう。家は7:30に出よう。
「李花、じゃあ、ごみはよろしく。掃除機は白い箱の横。用紙は机の上にあるから。ガムテープとかで貼っといて。」予定ぴったりに振り向きざまに鈴木はそう言って出かけた。
「はい、いってらっしゃい。」李花は見送った。
李花はリビングの机に戻った。用紙は手に取ったが、掃除機は持たなかった。
大きな白いプラスチック製の箱を、ゴミ捨て場に運ぶのに、約1時間ほどかかった。
「ただいま。」鈴木は出張を無事に終え、家に帰り着いた。返事はない。
買い物にでも行ったのかな。そう思いながら、着替える。だが、冷蔵庫に食材は余っている。
「リトゥーン、李花の携帯の位置 を教えて。」李花には携帯を持たせてあった。
「分かりません。圏外にあるか、使用できない状況にあるかもしれません。」
ありがとう、そうリトゥーンに言おうとしたとき、電子音がそれを阻害した。
「一件のメールがあります。ゴミ環境開発課 様からです。読み上げます。 今日、305号室の鈴木さまから、出された粗大ごみは、サイズ:大の分類でありますので、料金は800円になります。したがって差額を期日までに下記にお支払い下さい。期日は・・・。」
鈴木は何のことかわからず、リトゥーンを止めた。
掃除機が一人寂しく、薄いチェックの柄の壁にもたれかかっていた。
新発売!箱入りむすめ 頭野 融 @toru-kashirano
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