PURIPURI ケツカー

物書きの練習でもらったお題で書いております。

https://odaibako.net/u/albino_itati



 ピシッと決めた上下濃紺色の服に同色のファッションアイテムを首に着けた人間が壁に隔てられた放送鳴り響く空間で跳梁している。手にはこれまた同色の、もしくはそれに近い暗い色をしたバックを片手に、まだかまだかと一秒を待つ事すら辛抱できない様子でさながら主人の帰りを待つ忠犬か。はたまた恋人からの連絡を待つ春真っ盛りの少女の様にただひたすらに悶々と彼らは”ソレ”が来るのをひたすらに待っている。


 全身一色コーデなど誰かがセンスを疑い、ファッションを諫め、止めてくれるような気がするが事実としてこの場にはそういった人間で埋め尽くされていた。

 こうしている間にも頻りに時計を確認する者や、あまつさえ数秒と言う短い時間ですら耐えられず怒りを露わにし不満げな顔で貧乏ゆすりをする人さえ現れ始める。

『こんな大勢の人間を魅了するモノはなんだのだろうか』

 文面だけで見れば非常に変わった集団で、尚且つ何か同一のモノを崇拝とまでは言わないまでも傾倒しているように見て取れるのではないだろうか?

 なればそれは一種の宗教団体に見えるかもしれないが残念なことに答えは違う。


『彼らは一環して電車を待っていた』のである。


 情報を歪曲し伝えていた事は認めよう。

 しかし時代は令和でありここ数か月、新型のウィルスの到来により自宅謹慎や外出自粛が求められる昨今、『密閉、密集、密接』の3密は何処へやら。今もこうして人々は駅の中でひしめき合っている。リモート?在宅仕事?どうやら彼らには縁遠い存在であるらしい。これを一種の崇拝と言わずして何と言おうか。しかしながら悲しきかな、この私もその集団の仲間であることは違いなかった。




 チュンチュンと遠方から雀だろうと思われる鳥の鳴き声が聞こえる。

 どうやら微睡みの縁から片足はみ出たらしい。夢から覚醒したのを実感するが瞼は依然として重く、睡魔はいまだ心の安らぎを与え手招きをしている。何と愛い奴だろう。

 私はまだ寝れるだろうと高を括りそのまま身を任せて布団を被るが設定をしたタイマーが現実を突きつける様に6時になった事を知らせる。こうなってしまえば一日が始まってしまう嫌悪と騒音により手招きしていた睡魔は気まぐれの猫の様に何処かへと去って行ってしまう。

 騒音を止めるために重い瞼を押し上げて時計のスイッチをOFFにするとすぐさま上半身を起こし冷蔵庫へ向かう。

 カーテンを閉め切った部屋内は薄暗くまるで未だ夜の様な光景が広がっており、これが地球に起こっている異常事態であるならば、もしかしたら会社は休みになる可能性も否めないが残念なことにこの現象は私の日常の一部でしかない。

 そういえばカーテンを閉め切って何日が経過しただろうか?と野菜ジュースと買い置きをしていたパンを片手に考える。

 恐らく一週間、一ヶ月レベルではないことは確かである。

 別に頑なに開けたくはないという理由も無ければ暗い部屋が好きという訳でもなく、ただ単に日当たり問題であり、部屋に一か所しかない窓の前には高層マンションの壁が一面に埋め尽くされており、カーテンを閉めずとも日の光など入ってこないのが原因である。

 引っ越しをする時点でこの問題は薄々分かってはいたが駅が近い割に安い賃貸価格はとても魅力的に見え即決してしまったがあまりいい選択ではなかったと自覚している。


 温かみの一切ない朝食を終えて一色に染めたようなファッションに身を包む。

『どうして皆軍隊の様に同じような行動や服装をしているのか』

 過去にそんな思いも抱いたがそうすれば生きやすくなるのだからそうやって過ごすのは当たり前である。ただ稀にそれに加え『個性』を求められるがキツイ規範に沿わせておいて他と圧倒的に違う所を示せなんて言われるのはごめん被りたい。

 どこかで見た『新卒の熟練技術者募集』の様な一行で矛盾をはらんでそうな感覚を覚える。そんな条件をクリアできる人間など何処かの何番煎じだか分からない過剰な長タイトルの転生モノ小説の主人公ぐらいだろう。


 外に出ればやっと日の光を拝むことが出来、こうしてやっと私は一日の始まりを実感できるのだ。肌寒い分日の光がほんのり温かいのを実感し部屋の鍵を閉める。

 数年前まではこの段階ですでに何人か部屋から出てきたこれから出勤すると思われるスーツを着た人間とすれ違うのだがここ数か月はまるでそんな事は無い。

 恐らくではあるが大半が在宅に切り替えられたのだろう。簡素で出来たマンションはそのひと気のなさから寂れた様子に見えてどこか心細くなる。

 ああ、私も家でゆっくりとしていたい。

 隣の青い芝生を眺めながらスタスタと物悲しい気持ちを抑えて駅に行けばすでに人だかりができていた。

 前に比べれば人の多さは減ったがそれでも人は多く彼らは私と同じリモートや在宅と言った存在に置いて行かれ、着いていけなくなった上司を持つ人々であり詰まる所、私の同胞である事に違いない。

 急いでホームへ駆け下り、満杯になった電車の中に身を投じ、ねじ込めばモノの十数分で目的の駅である。

 そこから目的の仕事場へは大通りから横道に逸れて裏路地を何度か使えばすぐにつく。大通りからは高層の建物から見えない奥まった場所。目立った看板も装飾もない建物が私の職場である。さながら違法な事をしていそうな場所に立ち、何もないがゆえに非合法でやましい事をしている場所の様に見え、普通でも健全でもなく、いかがわしくもあり友人や甥っ子などにも到底胸張って言えないが捕まりはしないところに努めている。


 電車内でおしくらまんじゅうを終えてクタクタになりながら事務所のドアを開ける。

 中は人数分のデスクと床に置かれたいくつかの段ボール箱や機材が散乱し、指定された場所に置かれていなかったりと大きな撮影が終わった後には決まって事務所内はごちゃごちゃとして手狭に感じられる。

 挨拶を済ませて予定を確認するべく入口近くに設置されたホワイトボードを目にする。そこには『次回の企画会議』と大々的に赤いマジックペンで記入されていた。

 撮影が終わった後、必ず社員で持ち寄った企画を話し合う事があるがまだ前回の片付けも終わっていないのに忙しなく働こうとする上司に少し苛立つ。その意欲をどうにか一部リモート可出来る様にしてもらえないだろうかと。


 前回の企画が無事終わった安堵感で毎度の事、こういった会議は皆穏かな顔をして臨むことになる。

「じゃあ、はじめるかぁ」

 気の抜けるようなセリフから始まる会議はどこか緊張感に欠け始めて見たときは就職場所を失敗したかのように思えたが慣れてしまえば存外やりやすい会議であった。

「じゃあ春馬君からお願いねぇ」

 私の横に居た彼がかばんから何枚かの紙束を取り出す。

 手狭な会議室にはプロジェクターで移せるほど大きな壁は無く、そもそもグラフなど複雑なモノを用意する必要のない為小学校の作文発表の様に席に着いたまま持ち寄った提案をすることになる。

「え~『天気の子』を題材にですね……」

「いや、それはもうどこかの会社が……」

「では、一作品戻って『君の名は』……」

 意気揚々と語っていた春馬は次第に声の力は薄れ始める。

「他にいい案はないかね?」

「では私が」そう春馬の二個隣の男性が手を上げまたしても紙束を取り出し始める。この事務所にアナログタイプが実に多いことを実感した。

 付けていた漆黒のネクタイを締め直した後、クイッと眼鏡をワザとらしく正すと真剣な面持ちで語りだす。


「『PUIPUI モルカー』をご存じですか?ソレのパロディとして……」


 その言葉を聞いてこの場に居る私を含めた全員が呆気にとられた顔をした。

 前提として『PUIPUI モルカー』とは何か?概要はこうである。

 舞台はモルモットが車になった世界。癒し系の車は大きな眼とトコトコ走る短い手足の可愛いモルカーのドタバタコメディである。

 説明を聞いて皆さまはどう思っただろうか?恐らく『この設定を考えた人間は正気を逸している』そう思うのではないだろうか。少なくとも私はそう思った。

 これ以上のモノは”滅多にないだろう”とも。

 然し私の思いとは裏腹にソレ以上の狂気を目にする羽目になる。

 理由は単純。私が就職しているここはパロディーAVの制作会社。詰まる所エッチな映像を作る会社だからだ。

 察しの良い人間ならもうお分かりであろう。これから我々は『PUIPUI モルカー』という狂気にパロディーという狂気で上塗りしようと画策しているのである。

 狂人が更に狂ったならば何と言えようか?コインの裏の裏は表ではあるが、なれば狂人の狂気は常人であるのか?きっと否だろう。


「名付けて『PURIPURI ケツカー』でどうでしょう!!」


 まだ外が薄暗い頃に起床をし、一人冷たい朝食を優雅に食べる時間すらなく慌てて乗り込む電車は満員で息苦しく、会社に着くだけでも心身ともに疲れ切って出勤し、そして今日人生二度目の会議に出席してみればビシッとしたスーツを着た時に厳しく時に優しい皆の頼れる先輩が真剣な眼差しで『PUIPUI モルカー』と”お尻”の話をし始める。

 冷静に考えて正気を疑うし私を不憫だと慰めてくれる人が一人いてもおかしくはない筈だ。お尻?バカじゃないのか?

 誰か、誰でもいい。彼の上司にあたる誰かが彼を止めてあげてくれ。その思い一心に誰かが口を開くのを待つ。

「それは…」

 真っ先に口を開いたのは社長であった。やはり最後に頼れるのは社長であったか。しかし所長から出た言葉は私の思いとは裏腹だった。

「とてもいい!いいアイディアじゃないか!」


 ふむ。なるほど。

 どうやらこの会社全員気がふれているらしいな?

 経緯は省くがどうやらここに就職したのは間違いだったらしい。

 その証拠に彼らは口々に「ケツか!いいな!」や「大きな尻の女優を用意しよう!」等と口々に言っているではないか。

 ”はぁ”と大きなため息が出そうになった。何と愚かな事か。


 ケツよりも胸の方が勝っているに決まっているじゃないか。


 冷ややかな視線を向け私はスッと感情を切り離し、愛想笑いを浮かべて聞いている素振りしながら考える。

「(次の就職先でも探さなければな…)」

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