第13話 エデンへ続くデッドヒート
美桜が"エスケア"のメンバーなり一週間が経った。
グラウンドの除草や石取り等の整備も殆ど完了し、4人で練習を少しずつ始めている。初め美桜は初心者で心配していたが思いのほか運動神経は悪くなく、慣れるまでそれ程時間はかからなそうに見えた。中でも走塁する時に見せた足の速さはチーム随一だ。
しかし残りの日まで後5人集めないといけない。悠長にしているつもりはないが、勧誘をしても皆の反応は悪い。
そんなチームの行く末もまだ定まっていない今、俺は授業の真っ最中だ。
「早く・・・・終わ・・れ・・・」
苦悶の表情で時計を見上げる。
時刻は13時55分。授業終了まで5分を切っていた。
(くそっ・・・腹痛のレベルがレッドラインに差し掛かってきた・・・さっきまでどうってことなかったから気にしなかったが、これはまずい・・・しかし休憩まで残り5分もないし、わざわざ今断って出て行かなくても耐えられるだう・・・)
目を閉じて静かに深呼吸をする。
(大丈夫大丈夫、痛くない痛くない、俺は出来る出来る・・・この後教室を出たらすぐに右に曲がって直進、その後・・・)
俺は必死に気持ちを落ち着かせ、授業終了後のシミュレーションする。
生憎、俺たちのクラスに近いトイレは女子トイレで、一番近い男子トイレは反対側の7組と8組の間にある。上と下の階にもあるが同様に男子トイレは反対側だ。
そろそろ時間が経ったと思い再び時計を見る。
(まだ1分・・・!こういう時に限って時間の感じ方は残酷だ・・・あっでもちょっと波引いてきたか?)
しかし無情にも腹痛は収まらない。
(あだだだだだだ!!!!神様ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!これからは今まで以上に善良な行動を慎むのでどうか今一時お助けください・・・!!!)
神に祈りを捧げ授業修了を待つ。
それから待つこと3分、約束の時が訪れた。今だけは授業修了のチャイムが神の福音に聞こえる。
挨拶終了後、俺は無駄のない動きで教室の後ろのドアから出た。そしてすぐさま曲がろうとした時、前のドアも勢いよく開かれた。
振り向くと、聡がこっちに向かって走って来る。しかしその表情は険しい。俺と聡、互いの視線が重なった瞬間———
((お前もか・・・!!))
俺たちは同じ境遇に置かれることで、不思議と互いの思考が読み取れた。
そう、聡も重度の便意に襲われていたのだ。
俺たちは並んで目的の地へ走る。共に険しい表情をしているが、便意だけからくる焦りではない。その訳は俺たちが向かっているトイレにあった。
ここから一番近いこの階のトイレの個室は3つ。しかし朝のHRでそのうちの二つが、便器のひび割れと水が流れない故障で使用禁止だと言っていた。
「聡!何急いでんだ!走ってもトイレは逃げねぇぞ!」
「とぼけんな!ここから一番近いトイレの個室は一つしか使えねぇだろうが!」
「くっ・・・」
(聡のやつ今日に限ってどうしてそんなことを覚えてるんだ・・・!)
エデンへのデッドヒートは止まらない。
授業が終了したことで他の教室からも生徒が出てきた。追いつめられている俺たちは人並み外れた俊敏性とフットワークを見せ、人波を掻い潜っていく。
2-2、2-3、2-4と次々と生徒の波を抜け、2-5の前を通り過ぎると先程まで賑わっていた廊下とは打って変わり、静寂な空間が流れていた。
そして廊下の奥の方を見ると、2m近い坊主頭の巨漢が2-7から姿を現す。
男の正体は、”
魔王の威圧は凄まじく目の前にすると誰もが委縮し、畏怖の対象とされている。実際、魔王がこの学校に着任してから学校の風紀は格段に上がったそうだ。
魔王が俺たちに気付き鬼の形相に成り代わる。
「ごおうらぁぁぁああ!!!!お前ら何廊下走っとんじゃああああ!!!!!!」
頭上から魔の手が降りかかる。
しかし————
「「どけぇぇえええ!!!!」」
死に物狂いの俺達は無敵だった。魔王の手を思い切り払いのけ、両手を弾かれたことによってバランスを崩した魔王はゆっくりと後ろに倒れていった。
倒れる魔王の両脇を通過し、目的地の
「そこをどけ聡!」
「無理無理無理無理!俺まじでやばいから!」
「俺もやばいわ!!もう、あれが少しこんにちはしてるんだよ!」
「俺なんて、『こんにちは、ご機嫌いかがですか?』まできてるわ!これ以上肛門括約筋様のご機嫌取りなんて無理なんだよ!!」
「わけわかんねーこと言ってんな!!」
「頼むから先に譲ってくれえええええ!!!」
俺達は終わり見えない言い争いをする。
すると、聡は何かを思い出したかのように言う。
「そうだ!前に言っていたあの話!あの時は断ったけど、俺もお前らの企みに一枚噛んでやるからここは先に行かせてくれ!!」
「・・・・・・言ったな、その言葉忘れるなよ・・・!」
言い争っているうちに腹痛の波も少し収まってきたので、交換条件をのむことにする。
俺が手を放すと聡は勢いよく個室に入っていった。
「中に入ればこっちのもんだ!さっきの話はなかったことにさせてもらうぜ!!これまで俺を馬鹿にしてきた報いだと知るんだな!!はーっはははははは!!!」
「クソッッ!!汚ねぇ!!!」
すでに内から鍵がかけられており抵抗は無駄だった。
次の波がいつくるか分からないので今いるトイレを出て、すぐに他のトイレへ向かう。途中起き上がろうとしている魔王を横目に、急いで一つ下の階のトイレに駆け込んだ。
「ふい~~~~~」
俺は用を済ませ清々しい気持ちでトイレから出る。
「いやぁ一時はどうなるかと思ったけど案外いけたなー。それと聡は絶対許さん」
しかし、事は俺が思っている程簡単には転ばない。
「おぉ、すっきりしたか?」
俺の前には廊下で仁王立ちをしながら腕組をする魔王が立ちはだかっていた。
「あ・・・ぁ・・・」
魔王を目の前にしたことで、先程自分のした行動を今頃思い出し、流れるような所作で頭を床に叩きつける。そして腹痛で正常な判断能力が欠けていた事を土下座しながら誠心誠意説明する。
すると駄目もとではあったものの、意外にも魔王に俺の誠意が伝わったのか、放課後に反省文を提出する程度で済んだ。
過去に魔王の怒りを買った者は、防音された放送室で数時間にも及ぶ説教を受け、人格が真人間に矯正された逸話も聞く。だから今回この程度で済んだ俺は軽傷な方だった。
そうして俺は去っていく魔王の後姿を眺めながら胸を撫で下ろし、教室への帰路に着く。
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