第8話 特別ルール

 グラウンドに着くと、彰人が俺に気づいて振り返る。


「蒼太ー、こっちこっち」

 手招きをされて彰人の隣に立つ。目の前には情南高校野球部のレギュラー陣が並ぶ。


「で・・・これから何が始まるんだ?」

 もうなんとなく感づいてはいるが、念のため尋ねる。

「もう忘れたのかよ蒼太。今朝こいつらぶっ潰すって言っただろ?」

「言ってたけどそれはまだまだ先の話かと・・・てか言い方!」

 野球部の面々も苛立ちを見せる。


「とりあえず、これから一試合やってもらえるようになったから、蒼太も準備よろしく」

 そういいながら自分の荷物を取りに行こうとしていた彰人を呼び止める。


「・・・ちょっと彰人」

 野球部から少し離れた位置で小声で話す。

「どう交渉したら、即日試合をやってくれるんだよ」

「最初は全く話を聞いてくれなかったんだけど、俺のスーパーな交渉術でな」

「いやそういうのはいいから」

「わかったわかった」


 彰人が携帯を開き、中にある写真を見せて来る。

「これは?」

「野球部キャプテンの浮気現場」

「は、はぁ・・・」

「そっちが勝ったらデータを消してやるって条件だしたら、キャプテンが他の部員を説得して現在に至るって訳よ」

(ほとんど脅迫だなこれは・・・)

 野球部のキャプテンを哀れむ。


 幸いなことに、顧問の先生も月初の処理で忙しいらしく、グラウンドにはきていなかった。


「現状は理解した・・・けど朝にも言った通り、俺はまだ彰人の球を取れるほど勘も戻ってないし、あのグローブでキャッチャーをするのは危ねぇよ」

「そのことなんだが、キャッチャーミットをさっき家に行って取ってきたからこれ使ってくれ。蒼太はミットをしっかり動かないように構えて、俺がそこに投げ込むから心配ない」

 ほいっと言って彰人にミットを渡される。

(彰人の用事はこれか・・・)


「おい!いつまで話をしているんだ!」

 野球部のキャプテンが痺れを切らしていた。

「そんな焦るなって。じゃあ蒼太も準備頼むな」

「はぁ・・・わかったよ」

 キャッチャーミットとプロテクターをはめ、準備が整ったところで彰人が話す。


「じゃあ蒼太も来て準備もできたことだし、改めて今回の試合のルール説明するぞー」

 彰人が試合のルール説明を始める。どうしてただの野球の試合なのにいちいちルール説明をするのか、それには理由があった。

 それは今回行われる試合が通常のルールとは異なり、特別ルールを適用するためだ。



 試合形式は2人対9人の特別形式。

 1点コールド、つまり各回の裏が終了した時1点以上の点差で試合終了。コールド以外での試合終了は認めない。

 俺達のチームはピッチャーとキャッチャーの二人。通常は3アウトで交代だが、選手が二人しかいないため、塁に2人出てしまった時点でノーアウトだとしても攻守交代とする。

 また、ノーアウトやワンアウトの時、選手が一人塁にいる状態でバッターがアウトになった後、同じ選手が連続して打席に立つことは許されず、その場合も交代となる。


 野球部は交代・代打・代走は可。審判は野球部の方から出すこと。

 

 その他細かいところの変更はあるが、大きく普通のルールと異なるのはこんなところだ。


 スコアボードに書くチーム名を考えていなかったが、彰人が即興で「情南浮気調査隊」、略して「情浮隊じょうたい」と書いた。

 野球部キャプテンはあたふたと焦りながら、他の部員になんでもないと説明した後、俺達に怒りを向けていた。

(煽りすぎだろ・・・)

 彰人にとって野球部ただの新しいおもちゃになっていた。



 野球部がミーティングをしている間にベンチの横で軽く投球練習をして準備を整える。

「なぁこれやっぱり無謀すぎないか?相手は軽いヒットで一点入るだろ」

「そこは俺がきっちり抑えてやるから打つことだけ考えればいいよ。ホームラン期待してるぞ」

「もう滅茶苦茶だな・・・わかったよ、とりあえずやるからには全力でやるか」

「おうよ」


 こうして特別ルールのもと、俺たちの先攻で試合が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る