第20話 クレーンゲームで遊ぼう
動物のぬいぐるみが入ったクレーンゲームにアンリエッタが飛びつく。そして目をキラキラさせながら、中を食い入るように覗き込んでいた。
「よっしゃ、まずは遊々がお手本を見せてあげるよー」
そう言って遊々が筐体に電子マネーを入金して、操作パネルを叩いた。
アンリエッタと風葉は興味深げに、遊々の様子を後ろから覗いている。
遊々は正面と横とを交互に見ながら、クレーンを操作していく。そしてクレーンがゆっくりと下がり始めた。
クレーンのアームはぬいぐるみをかすめて、空振りしてまう。後ろで見ていた二人もこりゃダメだとがっかりした表情を浮かべた。
だが、遊々だけは一人、余裕の笑みを浮かべていた。
下がりきったアームがゆっくりと上昇を始めると、アームの外側にあったぬいぐるみが宙に浮いた。ぬいぐるみのタグの小さな輪の中にアームが刺さっていたのだ。
後ろでみていた二人が「おお」と小さな歓声を上げた。
アームに吊されたぬいぐるみは、取り出し口に続いている穴にストンと落ちた。遊々は取り出し口に手をつっこんで落ちて来たぬいぐるみを高々と持ち上げた。
──パチパチパチ!
遊々の後ろにいた風葉とアンリエッタから、自然と拍手が沸き起こった。
「えへへー、ま、ざっとこんなもんですわー」
喝采を受けた遊々は気分がとても良く笑顔が零れていた。
「わたしに、次、わたしにやらせてください!」
アンリエッタがやる気を体中から溢れさせて一歩前に出る。アンリエッタの勢いに押されて、若干戸惑う遊々と風葉だった。
アンリエッタがケース内を前後左右から覗き込んで、何を狙うか定めている。
入金後、パネルでクレーンの操作を始める。アームがぬいぐるみを挟むが、アームの力が弱くぬいぐるみを持ち上げることは出来なかった。
取れなかったことがくやしいのか、アンリエッタは黙ったまま、まるで親の敵を睨み付けるような気迫でケース内のぬいぐるみを睨み付けていた。
「もう一度やっていいですよ」
本当は風葉の番なのだが、アンリエッタに気をつかって風葉は遠慮した。
「…………。あっ! ありがとうございます」
クレーンの中身に夢中になっていたアンリエッタは、声を掛けられたことに気付くのが少し遅れる。はっと気付いた後、アンリエッタは風葉に御礼の言葉を口にした。
その後、アンリエッタは何回も何回もチャレンジを繰り返した。しかし、一向にぬいぐるみは取れなかった。アンリエッタの機嫌が明らかに悪くなっているのを見て、風葉は必死に励ました。
自分の思い通りに行かないからといって、気持ちを顔に出してしまうのは、やはりアンリエッタはまだまだ子共なんだと、風葉は改めて思った。
アンリエッタを不機嫌にしている理由は、ぬいぐるみが取れないこともあるが、もう一つ別の理由も起因していた。
それはアンリエッタの隣の台で、遊々が面白いように景品を手に入れていたからだ。
風葉は、思う。遊々がもう少し気をつかってくれればいいのにと……。しかし、空気を読まず、いつでもマイペースなのが遊々なので、それは叶わないだろうとすぐに諦めた。
京士郞達がトイレに行ってから、もう二十分以上が経っている。心配になった風葉が京士郞に通信を繋げようとした。
「……えっ?」
しかし、通信エラーになってしまい連絡がつかなかった。
風葉は少しだけ驚くが、すぐに通信エラーの理由に思い当たり一人納得した。
公共施設のトイレ内では、盗聴・盗撮防止の為ジャミングがかけられていたりする場合がある。きっとそれだろうと風葉は勝手に思い込んだのだ。
しかし、このゲームセンターでは、トイレ内に一切ジャミングを掛けることは行っていなかった。
さらに時間が経ち、遊々が持ちきれないほどの景品を床に積み上げる。一方、アンリエッタは未だに一つも景品を取ることが出来ないでいた。
京士郞達の戻りが遅いことが気になり、何かあったのではないかと風葉は考える。風葉の危惧していた事が今、男子トイレの中で行われているのではないかと思い至り、顔を真っ赤に染める。風葉の頭の中では京士郞と大助、将吾が裸になって抱き合っている映像が映し出されていた。
「ありりん、調子はどうだい?」
隣で遊んでいた遊々がアンリエッタの様子を窺ってきた。
「……うー」
涙目になりながら、アンリエッタは振り返った。
「あららぁ収穫ゼロですねー。どれが欲しいの? 遊々がとってあげよっか?」
遊々がやさしくアンリエッタに提案する。だが、アンリエッタはふるふると首を振って断った。
「そっかー。やっぱ自分で取りたいもんねー。もう少しで君の新しい友達が出来るから、待ってるんだぞ」
遊々がアンリエッタの肩にしがみついているペンギンのぬいぐるみに話しかけた。すると、
「君じゃないよ。ボクはペンクンだよ」
ペンギンのぬいぐるみが言葉を発した。
「わあ! しゃべったよこの子」
遊々は驚く。バッティングの時にも人形は動いていたのだが、遊々は自分のことに夢中でぬいぐるみが動くことを知らなかったのだ。
「へえ、ペンクンって言うんだ。君しゃべれたんだ。ロボットだったんだね?」
「そうボクはロボット。でも自律型ロボットじゃないよ」
遊々の問いにペンクンは答える。しかし、遊々には意味がよく伝わらず首を傾げた。
「自律型ロボットじゃない? でも、こうして遊々とお話してるよ。それって人工知能があるってことじゃないのん?」
「いいえ、違います」
アンリエッタがペンクンを胸に抱きかかえる。
「この子、ペンクンは電子パペットなんです」
「電子パペット?」
初めてきいた単語に遊々は、頭にはてなを浮かべた。
「はい、電子パペットです。人形に手を入れて動かす指人形ってありますよね? 原理的にはあれと同じです。指人形は実際の手で動かしますが、電子パペットは
「
「遊々ちゃんは腕が二本で満足していますか? もっとたくさん腕があったら便利だなーと思ったことはありませんか?」
「荷物がたくさんあるときは、もっと腕が欲しいって思うよ。今もあの景品の山をみる度にそう思うねー」
遊々は自分で取った景品の山に目を向けて肩を竦めた。
「物理的な腕を増やすことは無理ですが、頭の中で空想の腕を増やすことはできますよね? それこそ十本でも百本でも」
「そりゃ空想上ならなんでも出来るよん。でも空想の腕は、所詮空想で役に立たないよ。荷物もてないよー」
「その通りです。でも、空想の腕を現実に干渉出来る技術があるんです。それが
「……
「わたしの頭には電脳チップが埋め込まれています。わたしが頭の中で作りだした空想の腕を、その電脳チップで電子信号に変換して発信します。それが
「ほえー、んじゃ、ありりんは見えない腕をたくさん持ってるんだねー。すごー」
「電脳腕は、実際には電子信号なので、ペンクンを動かすだけじゃなく、ペンクンにしゃべらせることも出来るんです。実際の腕よりも便利なんです」
遊々に褒められてアンリエッタは照れながらも自慢げに答えた。
「まるで、超能力みたいだねー」
「そうですね。もう少ししたら誰でも超能力を使える日がくると思いますよ」
「ありりんは、すごいなー」
「遊々ちゃんも電脳腕、欲しいですか?」
「うん、ほしー! ……あっ、でも頭にチップを埋め込まないといけないんでしょ?」
「そうですね。手術が必要です。赤ちゃんの時なら、比較的簡単ですけど、頭の骨が全部くっついた後だと、骨を削るのが大変らしいです」
「やばい、話を聞いただけで頭が痛くなってきたよー。痛いのとか怖いのは嫌いだから、やっぱ遊々はいいや」
「……そうですか」
遊々にきっぱりと断られてしまいアンリエッタは、ちょっとだけしょげた。
「ねえ、ありりん、そのペンクン。ここから中に入れるんじゃない?」
遊々はクレーンゲームの景品取り出し口を指さした。
「入れると思いますけど? それがどうしたんですか?」
アンリエッタは遊々の言わんとすることを訊ねた。
「ペンクンがここから中に入って、ぬいぐるみを取ってくればいいんだよー」
「え? でもそれってルール違反になりませんか?」
アンリエッタがもっともな意見を言う。
「そだね。じゃ、代わりにコレを中においてくれば、交換ってことでオッケーでしょ?」
遊々は自分の取った景品の中から、小さい景品を選びアンリエッタに手渡した。
「これ遊々さんのとった景品ですよね? いいんですか?」
「うんっいいよ! ありりんにプレゼントするよー」
「ありがとうございます。でも、勝手に交換したら怒られたりしないでしょうか?」
「もし怒られたら、遊々のとった景品を何個か返せば、許して貰えるよ。大丈夫大丈夫!」
「わかりました」
遊々の後押しで、アンリエッタは決意する。
遊々とアンリエッタの後ろでは、風葉が今も顔を赤くして、色々と妄想していた。
「じゃ、行ってくるよー」
ペンクンが頭に景品を乗せて、クレーンゲームの景品取り出し口に入って行く。
ペンクンはゆっくりと登り、ケース内の侵入に成功する。頭に乗せていた景品を近くに置くと、クマのぬいぐるみを掴み、出口に引っ張る。
「よし、成功だ。がんばれ! ペンクン!」
遊々がケース内に声援を送る。
ペンクンが出口に到達する直前に、ゲームセンター内が激しく揺れた。ペンクンだけが穴におちて取り出し口から転がり出る。クマのぬいぐるみは、中に残ったままになってしまった。
激しい揺れに遊々はアンリエッタを守るように抱きついた。
「地震? ですか?」
妄想に浸っていた風葉が我を取り戻した。
「二人とも大丈夫ですか?」
揺れが収まり、風葉が二人に駆け寄った。
「はい、平気です」
「遊々も、大丈夫だよん」
二人が顔を上げたところで、室内が急に暗くなる。ゲームセンターの入り口に何か大きな塊が現れれ、外からの光を遮断していた。
影になっていて良く分からないが、その大きな塊が赤く光った。
「なんだなんだー。なんか光ってるぞー」
遊々が気の抜けた声を上げる。風葉はすぐに赤い光の正体に気がついた。
「ASです! ASが中を覗いています! 気をつけてください!」
「ASって、こんなにでかかったっけ?」
「小型化される以前のASです。でも、なんでこんな街中にASが……」
風葉は理由を探るがまったく検討がつかなかった。ただ先程の揺れの原因がASだとしたら、この後さらに飛んでもないことが起きることが予想された。
「あ、帰ったかな?」
覗き込んでいたASの頭部が離れる。遊々にはまだ危機意識がないようだ。
「……違う。攻撃がきます! ここから逃げてください!」
風葉は二人の腕を引いて、すぐにその場を離れる。ASが腕を持ち上げたのが見えたのだ。
直後、ダンプカーのような太いASの腕が、ゲームセンターの入り口を破壊して突入してきた。先程までいた風葉達の場所はめちゃくちゃに破壊された。
「マジっかよー!?」
危機意識の無かった遊々でさえも今の状況がヤバイということに気付いた。
「風葉さん、これは一体?」
「……分かりません。ですが、唯一分かることはあの巨大ASが、自分達を攻撃してきたということだけです」
三人はまだ破壊されていない出入り口から店の外に逃げ出した。
風葉は店を振り返る。まだ店のトイレには京士郞達がいる。心配だが、今戻ってしまったらまたASの攻撃が再び店を直撃することになってしまうと考え、今は京士郞達を信じて、店から離れるほかなかった。
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