第12話 花を咲かせよう


 アンリエッタの機体は、残骸の中に棒立ちになっている。いくらアンリエッタが動かそうとしてもまったく反応しなくなっていた。


「……うぅ、んぅ……」


 アンリエッタはペンギンのぬいぐるみを抱きしめて、体を縮こまらせている。

 みんなの迷惑になってしまったことを自分で自分を責めている。アンリエッタは一人だけ年下ということもあり、迷惑をかけたくないという思いが人一倍強い。それだけに今の状況はアンリエッタをとても苦しめていた。


「……ん?」


 アンリエッタは異変に気付き顔を上げた。

 棒立ち状態になっていたアンリエッタの機体ファントムペインが動き始めたのだ。そしてビルの何も無い場所に向けてバズーカの砲身を構えた。それに習って周りにいるASの残骸達も同じ場所にそれぞれの使える武器を向けた。

 何もない場所だと思われたが、その少し上をよく見ると、少しだけ空間が歪んでいるのが分かった。ASが光学迷彩を使って隠れているのだ。

 アンリエッタがレーダーに視線を落とすと、そこには味方を示す識別信号が映っていた。

 ビルの壁に張り付いて隠れているのは風葉の機体、影縫だ。視覚的には隠れていても、レーダーからは丸見えだった。


 ファントムペインは砲身を向けたまま停止している。レーダーには相手の方角が分かるだけで、高度情報が無いため、ビルに張り付いている風葉の機体を捉えられていなかった。

 

「……風葉さん、ですよね?」


 アンリエッタは風葉に恐る恐る通信を送った。


『はい、助けにきました。しかし、よく気付かれましたね? 完璧に隠れているはずだとばかり……』

「あの、識別信号で位置が丸わかりですよ?」

『な、なんと、それは盲点でした! なんたる不覚。私としたことが!』


 風葉は手を額に当てて、大げさに天を仰いだ。


「えっと、たぶん、わたしの機体が、風葉さんを攻撃しちゃうので、識別信号は切った方が良いと思います」

『そうですね。若干ズレてるとはいえ、砲身からは殺気が感じられます』


 レーダーからは風葉の位置を示す識別信号が消えた。


『アンリ氏。それでは少々、手荒なまねをしますが、許してください』

「はい、ご迷惑をかけます。お願いします」


 アンリエッタが頭を下げて、顔を上げた時、目の前には驚くべき光景が広がっていた。

 風葉の影縫が何十機にも増えて、自分の周りを取り囲んでいたのだ。

 ファントムペインとその周りの残骸達が、影縫に対して一斉攻撃を開始する。しかし、いくら攻撃を加えても影縫は傷一つつかない。

 それもそのはず、影縫は空間に写し出された立体映像のデコイ。だから、銃弾はすり抜けて、奥のビルを破壊するだけだった。


 残骸達がデコイへ攻撃を加えている隙に、風葉はアンリエッタの機体にするりと近づく。

 まずは持っている武器を破壊して無力化をしようと試みる。かぎ爪でファントムペインの持っていたハンドミサイルを破壊することに成功。だが、ファントムペインの周りには複数のクローラーが警戒しており、すぐに影縫の接近を気付かれてしまった。

 いくら影縫が光学迷彩を使用していたとしても、距離が近ければ容易にセンサーに引っかかる。クローラーが影縫の足に飛びついた。そして、


 ──自爆。


 クローラーの自爆攻撃自体は大した威力ではないが、軽量二脚の影縫にとっては十分な威力だった。

 足首の関節が動作不良を起こし、影縫は地面に倒れた。


「か、風葉さん! 逃げてください!」


 倒れた影縫にクローラーの群が集まるのを見て、アンリエッタは悲鳴を上げた。

 影縫は体を起こそうとするが、足首がうまく動作しないため、起き上がろうとしては再び倒れるを繰り返している。


『心配無用。まだ手立てはあります』


 風葉はアンリエッタに笑顔で答えた。

 影縫は背中の大箱に手を入れると、自分の周囲に電磁まきびしをバラまいた。

 電磁まきびしは、近くにいる敵に磁力でくっつき、相手の動きを邪魔するものだ。

 直接的なダメージはないが、関節部や足の裏にくっつけば相手の動きをかなり制限できる。くっついたものを除去するのにも時間がかかり、逃げるときに使うと有効である。


 バラまかれた電磁まきびしが近寄ってきたクローラーにひっつき動きを封じた。電磁まきびしの大きさとクローラーの大きさはほとんど変わらない。そのため電磁まきびしにくっつかれてしまったクローラーは、手足を動かせなくなった。ASに対しては大した威力はないが、体の小さなクローラーに対して電磁まきびしは絶大的な効果を発した。

 

「すごい! クローラーを一瞬で無力化しちゃいました」


 アンリエッタは感嘆の声を漏らした。


『上手くいったようです。しかし、一難去ってまた一難とはこのこと!』


 風葉は一息つく間もなく表情を引き締めた。

 ファントムペインが影縫にバズーカ砲を向けていた。

 足をやられている影縫には、バズーカ砲を回避することは難しい。だからといって、受け止めることはもっと不可能だ。

 

「やめて、やめてファントム! 言うことを聞いて! このっ、このっ!」


 アンリエッタは操縦桿をめちゃくちゃに動かして、風葉への攻撃を必至に止めようとしている。しかし、ファントムペインはまったく操縦を受け付けない。

 悲痛な叫びを無視して、ファントムペインは無慈悲にバズーカ砲を発射した。

 片膝をついた状態の影縫にバズーカの砲弾が飛んでいく。

 軽量級の影縫がバズーカ砲を喰らえば、タダでは済まない。

 危機的な状況にも拘わらず、風葉は冷静に行動する。


 影縫は背中の大箱から電磁ワイヤーを取り出し目の前のコンクリートに輪を作る。電磁ワイヤーに電流を流し、ワイヤーを高温にしてコンクリートを円形に溶かす。その円形に足を入れて、かぎ爪をコンクリートに突き刺した。

 電磁ワイヤーを引くと同時に、かぎ爪を持ち上げる。

 すると、剥がされたコンクリートが影縫の前に壁として出来上がった。


『忍法! 畳替えし!』


 飛んで来た砲弾はコンクリートの壁にぶつかり、影縫はなんとか危機を回避した。

 コンクリートの壁は一発の砲弾を受けただけで、ボロボロに崩れ落ちた。

 ファントムペインが再び、影縫に向けてバーズカ砲を撃とうと構える。

『これは、かなりまずい状況ですね』

 影縫の目の前のコンクリートはもう使ってしまったので、再び壁を作ることは出来ない。

 風葉の顔からは余裕の表情が消える。もうバズーカ砲を防ぐ手立てがないのだ。

 

「……風葉さん」


 アンリエッタは期待の眼差しを風葉に向ける。風葉は二回も危機的状況を回避した。今度もきっとなんとか回避してくれると信じている瞳だ。

 

『すいません、アンリ氏。自分では力不足のようです』


 風葉は目を閉じて、覚悟を決めていた。

 

「風葉さん? 嘘ですよね? 風葉さぁぁぁぁん!!」


 アンリエッタの叫びと共に、砲弾が風葉に向かって発射された。

 砲弾が影縫に直撃し、激しい爆発とともに煙が周囲を覆った。


「…………」


 数秒後、煙が薄くなると、そこには先程と変わらぬ状態の影縫のシルエットが見えた。

「……風葉さん?」


 バズーカの直撃を受けて、影縫が無事で済むはずはない。アンリエッタはどういうことかと目を丸くした。


『ギリギリ間に合ったでござるな。危ないところでござった』


 京士郞から通信が入った。

 煙が完全に消えると、影縫の前には複数のシールドビットが浮かんでいた。

 ビルの屋上で京士郞の機体、陽炎が傘の柄を振るうと、影縫の前面に展開していたシールドビットが陽炎の元に戻っていった。

 京士郞のシールドビットが影縫を砲弾から守ったのだ。

 

『あとは拙者にまかせるでござる』


 陽炎は唐傘をパラシュートのようにして、ビルの上からふわりと地面に着地した。


『二人共、拙者がきたからには、もう大丈夫でござるよ』

「……京士郞さん」

『……京士郞殿』


 絶望しかけていたアンリエッタと風葉の二人の心に、京士郞の言葉が希望の光を取り戻させた。

 地面に着した陽炎に残骸達が銃口を向ける。だが、それよりも早く陽炎のシールドビットが展開した。

 唐傘から分離したシールドビット達は、ファントムペインと陽炎の二人だけが中に入れるように浮遊する。少し後ろにいた影縫はシールドビットで作られた囲いの外に追いやられた。


 二機をシールドビットが多い囲うと、空間を切りとったかのように一瞬で消えた。

 実際には消えたのではなくシールドビットが光学迷彩を使用し、どこかに消えたように見えたのだ。

 それと同時に暴れ回っていた残骸達が電池が切れたおもちゃのようにぱたりと停止した。

 シールドビットの中と外を電磁障壁によって遮断されたため、親機であるファントムペインからの信号を受け取れなくなり、その子機であるクローラーが停止したのだ。


「……ここは?」


 アンリエッタが驚きの声を漏らした。それもそのはずアンリエッタは草原の中にいたのだ。空はどこまでも高く青く、足下には緑の深い草の絨毯がどこまでも広がっている。

 先程までの硝煙臭さの感じる街とはうってかわり、すがすがしさを感じる。その場所にはまったく不釣り合いの二個の鉄の塊がぽつんと立っていた。


『驚いたでござるか? この景色は立体映像でござるよ。心が疲れた時はたまにこうして、自然を感じると心が安らぐでござる』


 アンリエッタの疑問に京士郞はやさしく答えた。


「素敵……ですね。あっ……!?」


 アンリエッタが京士郞に同意し、一瞬だけ和やかな雰囲気になる。だが、暴走状態にあるファントムペインがすぐにバズーカ砲の砲身を陽炎に向けた。


『拙者は日本の四季が好きでござる。人それぞれ好みの季節はあれど、どれも大切な季節の一つ。夏。まぶしいほどの日射しと青々と育った草木。動物達も活発になり、人も開放的になる……』


 京士郞は砲身を向けられているのにも拘わらず、まるで意に介した様子もなく詩人のように語りだした。

 陽炎に向かって砲弾が放たれた。しかし、刀の一閃に寄って真っ二つになる。

 二つに切られた砲弾が爆発。直後、景色は一転する。

 あかね色に染まった夕日と、風になびく稲穂の海。

 

「…………」


 アンリエッタは、ただただ言葉を失っている。


『秋。青々としていた草木は赤茶け、祭りの後の静けさを感じさせる。人も動物達も厳しい冬を越える為の準備を始める……』


 京士郞は語り続ける。ファントムペインから、二発目の砲弾が放たれるも見事に一閃。

 そして爆発。また景色が変わる。

 澄んだ空気の夜空には星が瞬き、粉雪が舞う。辺りは一面の雪化粧。


『冬。草木は枯れ、動物達も静かに眠る。いつか来る春を夢みて……』

「あ、あの、えっとー?」


 アンリエッタは戸惑う。京士郞が何を言いたいのかよく分からない。だけど、何か大切なことを自分に伝えようとしていることだけは感じて、なんだか胸の奥がぽわぽわと温かくなっていった。


『日本に四季があるように、人の心にも四季があると拙者は思うのでござるよ。そして季節は必ず巡る。だからアン殿の心の季節もきっと巡るでござろう』


 三発目の砲弾が放たれると、陽炎は駆けた。

 砲弾を切り伏せて、アンリエッタの元に疾走する。

 ファントムペインが近づいてきた陽炎を腕で殴ろうとするが、陽炎はするりと横を通り抜けた。


 陽炎は、ファントムペインが背中に装備しているクローラーのキャリアバックを刀で切り落とした。

 地面に落ちたキャリアバックは爆発し、ファントムペインは爆風でバランスを崩す。

 アンリエッタは反射的に操縦桿を握った。すると、自分の思ったように機体が動かせた。コントロールが戻り、なんとか姿勢制御を行い転倒を避ける。


「あっ!」


 喜びと同時に視線を上げると、そこには大きな桜の木があり、淡い薄紅色の花びらを満開にして咲き誇っていた。


『春。出会いと別れ、そして始まりの季節。……アン殿の心の季節も春になると良いでござるな』

「……うぐっ」


 京士郞に自分の心の中を見透かされて、アンリエッタの目から涙がツーッと零れた。

 アンリエッタは、自分がみんなよりも年下なので、頑張ろうと思う気持ちが強すぎた。その結果、クラスのみんなと壁を作っていたんだとようやく気付く。

 小さい頃から天才児として扱われ、同年代の友達がいたことは一度もない。友達はぬいぐるみ達だけ。周りにはいつも自分に期待を寄せる大人達が集まっていた。心を開くことなんて今までなかった。だけど、今は違う。クラスのみんなと自分には上も下もない。年齢はみんなの方が上だけど、自分もみんなと同じなんだ。


「……ごめんなさい。うぐっ、ひくっ、ごめんなさい。わたし……みんなと……」


 アンリエッタは京士郞のやさしさを感じて、涙が止まらなかった。


『……いいでござるよ。春は別れの季節でもある。昔の自分とさよなら。そして新しい自分と出会うでござる』


 陽炎が唐傘の柄を肩に掛けると、展開していたシールドビットが集まってくる。それと同時に写し出されていた風景が消え、今まで戦闘していた街の景色に戻っていった。


『やっと通信が繋がったか? 二人共無事か? ……ってリエっち泣いてるじゃん! リエっちどうしたの? ロリコン侍になにかされたのか?』


 通信が回復すると、すぐさま大助がアンリエッタの異変に気づき心配していた。


『……ロリコン侍とは、ひどいでござる。拙者は日本の四季について語っただけでござるよ』


 京士郞が慌てて弁明する。


『なにが日本の四季だ。通信妨害の結界張って、密室を作って何しようとしたんだ? あぁ?』

『通信妨害をすることで、外にいるクローラーを無効化したでござるよ』

『じゃあ、結界の外に光学迷彩を張って、中を見えなくしたのはなんだ? 外にいたかざっちに見られて困るようなことをするためじゃないのか?』

『…………』


 大助の言葉と共に風葉の冷たい視線が京士郞に注がれている。


『ご、誤解でござる! 結界内に映像を投影するために、外の光を遮断する必要があったでござる』

『で、なんの映像を無理矢理、見せて喜んでたんだ?』

『だから、日本の四季の風景でござるよ!』

『ほんとか? ねえ、リエっち。京士郞がこう言ってるけど、そうなの?』

『アン殿、そうでござるるよな?』


 大助と京士郞の視線がアンリエッタに集まった。

 アンリエッタは大助と京士郞のやりとりを目を丸くして見ていたが、やがてお腹を抱えて笑い始めた。そして笑っているそばから涙がぽろぽろと零れている。


『『『……えっ!?』』』


 予想外のアンリエッタの反応に大助と京士郞を含め、全員が驚く。それは今まで、アンリエッタが、大笑いをする姿を誰もみたことがなかったからだ。

 やがて、アンリエッタの笑い声につられて、大助と京士郞が笑い出す。他のみんなにも笑いが伝染していって、いつしか全員が笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る