まず馬を射よ(弐)

 映画のエンドロールが終わり場内が明るさを取り戻した。


「あー、もう本当にごめんなさい! 鈴木先輩と花梨さんの後を追いかけようなんて、ボク頭がおかしくなっていたんだよ! あー、もう恥ずかしいー!」


 イスに座ったまま姿勢を低くして隠れていたボクは、二人の背中が見えなくなったとたんに頭を抱えて叫んでしまった。


「えっ、別にしょうちゃんが謝る必要なんてないのよ?」

「だってー、ストーカーまがいのことにお姉ちゃんを巻き込んじゃったし! ……ああ、神様、どうか罰するならボクだけを罰してください!」

「許します」

「――えっ」


 姉のあたたかな両手が、ボクの頬を包み込む。


「わたしは天使と共にお出かけができる喜びに満ちあふれているのです。なんじの罪はわたしの喜びの涙ですべて洗い流されました」

「はうッ」


 眩しさに目がくらんだ。

 目の前で立ち上がった姉の頭上に、スポットライトの光が差し込んだ。

 そこに立っているのは、聖女様だった。


「――それに、映画もとっても面白かったし! お姉ちゃんを連れてきてくれて、ありがとッ!」


 にっこりと笑う姉の背後に、ホウキを持った劇場係員が見えて、ボクは慌てて席を立った。



 ▽


 計画では、花梨さんたちは映画を観た後は、雑貨屋などぶらぶら見ながら、1階のレストラン街で昼食を食べるはずだけれど、もう二人を追跡する必要がなくなったボクたちは、2階のフードコートでイタリアンを食べることにした。 

 フードコートでは映画館の半券を見せれば10パーセント引きになるということで、若干のお得感もあって気分は高揚した。ボクの経済感覚は完全に庶民派なんだ。

 ボクはミートソース、姉はカルボナーラを注文して、いま席に着いたところ。


「じゃ、いただきまーす!」

「うふっ、しょうちゃんと二人きりの外食、うれしいな~」


 スプーンとフォークを持ったまま、姉はにこにこ顔でボクを見ている。


「美味しい?」

「うん美味しいよ。お姉ちゃんも温かいうちに食べてみなよ」

「え、いいの?」

「え?」


 姉は前屈みになって口を開けた。

 あれ? ボクの言い方が間違っちゃった!?

 でも……姉を待たせる訳にはいかないから……


 急いでスプーンの上でフォークをクルクル回しパスタを絡めて、姉の口に運んだ。


「ん~ッ、しょうちゃんのスパゲッティ、サイコー!!」

「えっ、あっ、うん。美味しいでしょう? お姉ちゃんのカルボナーラもきっと美味しいよ! クリームソースとチーズに卵の黄身を混ぜると最高に美味しいよね!」

「じゃ、試してみる~?」

「えっ」


 フォークの先で卵の黄身をほぐして、クリームソースとベーコンをパスタに巻き込むようにクルクルと回す。


「はい」


 左手を添えて、満面の笑みでフォークを向けてきた。

 ソースがポタポタと手に垂れているけれど、まるで姉は気にしていない。


 思わずボクは周りを見回してしまった。

 花梨さんと鈴木先輩のデートプランを立てるに当たって、ここが自宅からも学校からも絶妙な距離にあるから選んだんだ。

 だから、知り合いの目を気にする必要はないのだけれど、どうしても周りの目を気にしてしまう。


 ダメだ! こんな些細なことを気にしているようでは、真の男になんて永遠になれないぞ!


 ボクは身を乗り出して、豪快にぱくっと口に入れる。

 

「うん! 美味しいよお姉ちゃん!」

「うふふ、良かったー」


 姉は紙ナプキンで手をふきふきしながら笑った。


 ああっ……姉はどんな所で、どんなことをやっても、すべてが絵になる完璧な人なんだ。

  

 


「あっ、センパイ! あそこの席空きましたよー!」

「よーし鮫嶋さん、席をゲットしてーッ!」


 突然、ついたての向こう側の席から花梨さんと鈴木先輩の声がして、ボクらはサッと身を屈めた。

 姉は勢い余って、おでこをゴンッとテーブルに打ち付けてしまったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る