夢見沢カエデの憂鬱(結)
私と三年書記の美紀さん、そして二年庶務の鈴木くんの三人は、生徒会執行部のメンバーが揃うのを待っている。
こういうすき間時間ができると、一般的には雑談に花を咲かせることになるんだろうけれど、私たちは問題集を開いて勉強する。これが星埜守クオリティ。
執行部の皆は入学式後の新入生歓迎セレモニーの準備のため、春休み返上で頑張ってくれていたので、今日ぐらいは早く帰らせてあげたいのだけれど……
生徒会執行部のメンバー全員が揃ったのは、それから三十分後のことだった。
完全下校時刻の七時までには、どう都合良く見積もっても間に合いそうにはないほどの議題が残されていた。
「じゃあ、これで今月の活動計画が決まったわね。あとは、予算委員会の準備なんだけれど……あ、やっぱりこれは次回にまわすとして……」
いつもなら、もっとスムーズに会議を進められるのに、今日の私はなにかがおかしい。
頭の中が整理できずに、情報がぐるぐると回って、優先順位がつけられない。
皆が時計を気にし始めているのを見ると、私はますます焦っていく。
私が山積みになった資料を慌ただしく探していると、誰かにポンと肩を叩かれた。
「ね。すこし休憩にしよ? わたしクッキー焼いてきたの。ねえ、食べてみて?」
ホワイトボードの前に立っていたはずの美紀さんが、私のすぐ近くまで来ていた。私は彼女の動きに気付く余裕すら失っていたのだ。
私の手のひらに、可愛いクマの形のクッキーが三個乗せられた。
「皆の分もあるわよ。テル、紅茶でも淹れよっか?」
「うんうん、淹れる淹れる! やったー! ミキちゃんの焼き菓子、うち大好きなんよー!」
「あ、僕も手伝いますよ、先輩!」
「うひひ、あんがとー、吉岡くん」
美紀さんの一声で、生徒会室の雰囲気がガラリと変わっていく。
彼女がテルと呼んだのは、会計担当の三年生、名取照美さん。生徒会執行部の中では飛び抜けて明るい性格の女の子。言葉づかいは適当な感じだし、つかみ所のない性格なのだけれど……
「あ、ちょっと待って! 今からお茶していると、下校時刻に間に合わなくなってしまうのだけれど……みんな早く帰らなくてもいいの?」
「大丈夫っすよ、かいちょー! そりゃ、勉強する時間が減るのは正直ツラいっすけど、俺らがそんな弱音を吐いてちゃ、『星埜守学園~学びと遊びのワンダーランド計画』が聞いて呆れるってもんですヨー! 俺、職員室へ行って、時間延長の申請をしてくるっス!」
「鈴木くん……」
彼の言葉を聞いて、思わず目頭が熱くなる。
それにしても、彼はいつまであの言葉づかいを続けるつもりなんだろうか。
ツンツン頭の鈴木くんが、廊下に出るドアに手をかけようとしたとき、ガラリとドアが自動的に開いたのに驚いて、彼は「ひゃあ」と地の声を上げた。
全員の視線が集まる中、ひょこっと顔を出したのは、この四月から赴任してきた星埜守律子先生だ。
「あらあら、生徒会の皆さん、遅くまでご苦労さま!」
満面の笑みを浮かべての第一声に、皆は安堵の表情をうかべた。
新しい教師が来るときは、少なからず緊張する。自分たちの活動の理解者となってくれるのか、それとも壁として立ちはだかる人物なのかを見極める必要があるからだ。
「うーん、お紅茶の香ばしい良いかおり……」
「うひひ、良かったら先生も、飲んでいきます?」
くりっとした大きな目で、ウインクした照美さん。
さすがにほぼ初対面の先生に対して、少し馴れ馴れしすぎないかしら?
「折角ですが、今日は遠慮しておきますね。うふふ、みんな楽しそうにやっているのですね」
照美さんの誘いに、断りながらも笑顔で応じる先生をみて、みんな和やかな表情で顔を見合わせている。男子チームの三人は、鼻の下を伸ばしているように見えるけれど。
黒いハイヒールに、黒いスーツスカート姿の女教師。メガネを外したら、きっとモデル並みに綺麗な顔立ちのはず。それなのに、全身黒ずくめの服装といい、地味に後ろに束ねたストレートの黒髪といい、まるでその美しさを目立たないように隠しているようにさえ思えてくる。
なぜだろう?
そして、そんな彼女の努力の甲斐なく、鼻の下を伸ばしている男子はなんだろう?
「生徒会役員の皆さんは、我が校でも選りすぐりの優秀な人たちなんですってね。先生、大いに期待していますからね」
「あっ、は、はい! 僕、頑張ります! あ、それで……僕たちは、もう少し活動していきたいので、時間延長を申請しようと思っていたのですが!」
ツンツン頭のおでこにピシッと手を当てて、軍隊のように敬礼している鈴木くん。
彼はまたイメチェンしちゃった?
「そうですか、それは大変ですね。じゃあ、あまり遅くならないようにしてくださいね? 終わったら戸締まりをして、きちんと職員室に一声かけるようにお願いします。じゃ、夢見沢さんも、頑張ってくださいね!」
「ごふっ、は、はい!」
美紀さんのクッキーを口に入れたときに、不意に声をかけられて咽せてしまった。
そんな私たちの様子を見て、ますます和やかな雰囲気に包まれていく生徒会室。
先生が去って行った後、生徒会メンバーが『良い感じの先生だね』と評価し合っている中、私だけは真逆の評価を下していた。
――笑顔で近寄ってくる人間は信用するな――
これはパパとママに教わった、人生訓の一つ。
性格が真逆な凸凹夫婦の二人からそれぞれに教わった中で、唯一共通していたのがこの人生訓なのだ。
そして、この言葉は、次のように続く。
――相手が真顔でも自分が笑顔になれる、そんな人間に付いていけ――
そうして選んだのが、この生徒会執行部のメンバーなのだ。
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