学園のアイドル(結)

 鮫嶋花梨さめじまかりんは時間を守らない。

 鮫嶋花梨はすぐ叩く。

 鮫嶋花梨はすぐ転ぶ。

 鮫嶋花梨はすぐ泣く。

 

 ――鮫嶋花梨は



「あのぅ……」

 

 これまでにボクが見てきた花梨さんのがさつなイメージからはほど遠く、両手の指を絡めてもじもじしながら、


「カリン、……お仕事がんばりますので、その代わりに……あの……」


 何か言いたいのだけれど、うまい言葉が見つからない。そんな感じで、うつむいてしまった花梨さん。遠目から見てもわかるぐらいに、頬が赤く染まっていく。


 姉はにこやかな表情をくずさないけれど、生徒会執行部の面々の頭上にはハテナマークがぽっかりと浮かんでいる。


 ボクは嫌な予感がしていた。


「えっと……なにか質問でも?」


 姉が助け船を出すように優しく声をかけると、花梨さんはバッと顔を上げて、


「手っ取り早く、男を見つける方法を教えてください!」


「ええっ!?」


 そう、鮫嶋花梨は――空気を読まない。彼女はその場の雰囲気を感じて、自分の行動を選ぶことが苦手なタイプの女の子なんだ。


 ボクの嫌な予感は、みごと的中したのである。 

 さすがの姉も、これには驚きの表情を浮かべて、体をのけ反らした。


「皆にモテモテの生徒会長なら、男を捕まえるコツとか知っていますよね?」 


「わ、私がモテモテ?」



 ――ダメだよ花梨さん



「違うんですか? 生徒会長は美人だしプロポーションも抜群だし、これだけ皆の人気者なのだから、男も取っ替え引っ替えですよね!」


「ええっ!?」


 

 ――この場で、それは言っちゃいけない



 姉にとって、これは公衆の面前で辱めをうけたのに等しいことだ。しかもその相手は二つ年下の初対面の女の子だ!

 姉は真っ赤な顔でうつむいてしまった。生徒会執行部の女子生徒たちが駆け寄り、ふらつく姉の体を支えている。




 ――学校という社会は、とかく目立とうとする者は嫌われる。嫌われずに済むのは一握りのエリートだけ


 


 花梨さんの周りに座っていたはずの同級生たちは、イスから立ち上がり遠巻きに彼女に冷たい視線を浴びせている。

 ひそひそ話はしだいに彼女へのパッシングとなり、会場を埋め尽くしていく。


 ようやく自分がしでかした・・・・・ことの大きさに気付いた花梨さんは、口に手をあてておろおろし始めた。


 気付くの遅い! 否、言う前に気付こうよ!



 ――学校という社会は、みんな周りに合わせて、なるべく目立たないように振る舞うのが正解。目立ってしまったとたんに、数の暴力にさらされてしまうから



 万分の一の可能性もないことだけれど、仮に花梨さんの側に立って考えるならば、そんな質問は姉と二人っきりになってからすればよかったんだ。全校生徒がいる場所で、アイドルのように慕われている姉に向かって、姉の品格をおとしめるようなことは、口が裂けても言ってはいけなかったんだ。




「はい! ボクにもそのお役目、やらせてくださーい!!」


 会場に響き渡るソプラノボイスの声。

 振り上げた手が震える。足が震える。視線の暴力が怖い。


「あっ……しょうちゃんもお手伝いしてくれるの……」


 校内では一個人として接すると言っていた姉は、わずかに表情を崩し、目を潤ませてボクを見つめている。

 

 ボクだって、今の今までそんなつもりはなかったんだ。




  

――でも、それが運命なのだとしたら、もう一度だけ荒波に身を投じてみてもいいと……ボクは思ったんだ。





「あ、皆にも紹介しますね。この子、私の自慢の弟なの!」


 会場中が割れんばかりの驚きと歓声に包まれる。全校生徒の視線が姉とボクに注がれている。


 姉はボクからのメッセージを受け取ってくれた。


「ショ、ショタ君……生徒会長さんの弟だったの?」


 花梨さんがものすごく驚いている。


「えっと……教室で先生がバラしちゃったの聞いてなかったの? そのとき花梨さんはボクのすぐ近くにいたよね!」


「そっか! カリンの可愛らしさの点数が八十点って、けっこう高得点だったんだね!」


「話しをぜんぜん、聞いてなーい!」


 いろんな感情が重なって、もはや彼女の頭はパンク状態のようだった。



 ――姉の生徒会長姿を静かに見守りたいと思っていたボクが、こうして矢面に立つ原動力が、鮫嶋花梨の暴走であるとしたら




「うふふ、ユニークな新人が入ってくれたみたいね。では、私の『新入生歓迎のことば』はこれにてお終い。歓迎会の本番はこれからだからねー!」


 姉は皆に手を振りながらステージ袖に下がっていく。






 ――いつか彼女に、感謝する日がやってくるのかもしれない。

 


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