学園のアイドル(壱)

 入学式でのボクら一年生の役割は、校長先生をはじめ偉い人たちのありきたりな挨拶が終わるのをひたすら待ち、起立・礼の号令に合わせて一糸乱れぬ統制された動きをすることだった。

 それが事前の練習もなしのぶっつけ本番にも関わらず粛々と進められていくわけだから、星埜守学園のレベルの高さが分かるというもんだよね?


 そんなレベルの高い生徒たちの中にあって、キョロキョロと落ち着かない男子生徒がいる。それがボクだ。


 体育館に入場したときはきちんと保護者席にいたはずの母が、なぜか二階席に上がりスマホのカメラでボクの姿をパシャパシャと撮りまくっているんだ。

 たぶん、あの場所は立ち入り禁止なんだと思うけど、母にはそんな常識は通用しない。

 さっきから何人かの若い先生たちが入れ替わり立ち替わり母のところに行くけれど、しばらくすると複雑な表情を浮かべながら職員席に戻ってくる。中にはニタニタ笑いながら隣の先生に話しかけている人もいて、その様子が気になって仕方がないんだ。


 母は立っているだけで存在感がある人。紺色のスーツに短めのスカートをはき、黒いストッキングという出で立ちは、まるでテレビの芸能人のようなオーラが漂っている。

 初対面の人との会話も得意で、出会ってから五分も経たずに仲良くなれるらしい。


 時々――本当にあの人がボクの母なのだろうかと、疑いたくなるのも仕方がないことだよね?


 ふうーっと長いため息を吐く。


「気にすることはないさ……」


「えっ」


 隣の山田君がボクだけに聞こえるぐらいの声で言った。


「担任はハズレだったけど、キミも有名大学へ進むためのステップとして星埜守ここを選んだんだろ? だったらさ、担任がどんな奴でも勉強ができる環境があればいいのさ。だろ?」


「あっ……」


 山田君は黒縁メガネをキラッと光らせ、顔は演台に向けたまま視線をボクに向けてきた。


 そっか、彼はボクのことを気にかけてくれていたんだ。

 ボクのため息を、担任とのトラブルが原因だと勘違いしたんだ。


 でも……うれしいな。


「あの……」


 一言礼をしようと横を向いたボクは、山田君の横顔のずっと先に鋭い視線を感じて背筋が凍り付く。

 担任の星埜守律子が腕を組んだ姿勢のまま、じっとボクの方を睨んでいたんだ。

 

「――以上で入学式を終了します。一同、起立!」


 とつぜん意識が現実に引き戻され、慌てて立ち上がる。


 何だったんだろう。

 まるで親の敵でも見るような、あの憎しみに満ちた表情は……


 入学式が終わっても、ボクたち生徒は退場することなく体育館に留まる。親たちは誘導のアナウンスに促され、ぞろぞろと教室棟へと向かって移動していく。

 これからPTA役員を決める話し合いが各教室で行われるらしい。


 その間に上級生がステージ上の看板を外し、『新入生歓迎会』と書かれた物に取り替えている。

 ボクは姉の姿を探したけれど、とうとう見つけられなかった。


 司会役の男子生徒がマイクの前に立つ。

 髪の毛をワックスでツンツン立てて、イケイケ風の感じに見せてはいるけれど、根はきっと大人しくて真面目なんだろう。あの先輩も星高生なんだから。


「いえーい、これから新入生歓迎会を始めるぜー!」


 あれ!?


 保護者席がなくなって一年生のすぐ後ろに移動してきた上級生たちから、割れんばかりの『いえーい』コールが返ってきた。


 周りの一年生たちも後ろを振り向き、呆気にとられているようだ。


「さあ、堅苦しい開会の言葉なんかは割愛して、まずは我らが生徒会長、夢見沢かえでの歓迎のことばだぁー! 拍手ぅー!」


 割れんばかりの拍手喝采。

 その雰囲気におされて一年生からも拍手がわきおこる。


 ――ボクはこの後、奇跡の瞬間を目撃したんだ。


 ステージ袖のカーテンがふわりと揺れ、姉の横顔が見えたその瞬間、拍手がピタッと止まり、演台に向かって歩く姉の靴音だけが聞こえる体育館。


 ごくりとツバを飲み込む生徒たち。


 〝学園のアイドル的存在〟ということばを気安く使っていた自分が恥ずかしくなる。


 そう、この学園において姉の存在は、アイドルを遙かに超えていたのである。

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