叶え!ボクたちの夢(後編)

 姉が通う学校でなければ、他の私立には行きたくないと駄々をこねたボクには、誰でも通える公立の学校に行くしか道が残されていなかった。


 そんな情けないボクを両親は、叱るどころかより一層甘やかせてくれるようになっていった。


 姉には厳しい男の家庭教師が付けられていたけれど、ボクには学校の宿題を事務所の若い男の人が見てくれる程度だった。

 ボクは姉とは違って天才ではない。その程度がちょうど良いんだ――と、思い始めていた。


 そんなどん底の精神状態から引っ張り上げてくれたのは姉だった。

 姉はボクに言ったんだ。


しょうちゃんはできる子だよ。お姉ちゃんは知ってるの。しょうちゃんは努力すれば伸びる子。だから、お姉ちゃんと一緒にがんばろう! お姉ちゃんがしょうちゃんを伸ばしてあげるから。しょうちゃんのことはお姉ちゃんが一番よく知っているんだから」


 当時の姉は小学三年生。その歳にしてそんな台詞を言えるんだから、やっぱり姉は天才だよね。

 そして、そんなことを言われちゃうと、俄然がぜんやる気が出てくるってもんだよね。


 そのとき、ボクは誓ったんだ。一杯勉強して、中学受験をして姉と同じ学校に入学するんだと。


 それから姉は、家庭教師や習い事の合間を縫うように勉強を教えてくれた。シャーペンを持つ手が止まると、姉はボクの背後に回ってカラダを密着させて二人羽織のような感じで教えてくれたりもした。文字通り、手取り足取り教えてくれたんだ。

 暗記が必要なときは、姉は自分のカラダのいろんなところにメモ用紙を貼って、宝探しをするように服をめくらせた。そうすることで、右太ももは○○、太ももの内側は○○という具合に完璧に覚えていくことができた。


 姉は教え方も天才だったんだ。


 

――六年後、ボクは中学受験に失敗した。


 六年間積み重ねてきた自信が、足下から全て崩れ去ってしまった。


 そこにきてようやく、ボクの凡人振りに気付いたのだろう。

 姉はボクから距離を置くようになっていった。

 一人自室に閉じこもり、黙々と勉強をし始めたのだ。


 でも、それはボクの思い違いだった。


 風呂上がりのボクが、リビングダイニングのドアの前を通りかかったとき、姉と両親の会話が聞こえてきたのだ。


「私、星埜守ほしのもり高校を受験します!」


 当然のように両親は困惑した。だって、姉の通う学校は小中高の一貫教育を売りにしているところなんだ。そして大学は系列の学校の他、推薦で入学できる学校もたくさんあるわけ。それを敢えて別の高校を受け直すなんて誰も想像しないよね。


 でも、両親は姉の考えに賛成はしないけれど反対もしなかった。


「私、星埜守ほしのもり高校から東大を目指します!」


 その一言が父と母の心を動かしたんだと思う。


 そして、姉は星埜守ほしのもり高校にトップ合格した。

 天才が努力したんだから当然のようにそうなるよね。


 それからボクらの九年越しの夢は、急転直下で実現することになる。


 定期的に持ってきてくれる課題をボクが解き、それを姉が採点する。

 良い点数がとれたときは思いっきり褒めてくれるし、悪い点数をとったときには手取り足取り教えてくれる。

 すると、いつの間にか星埜守ほしのもり高校の過去問が解けるようになっていたんだ。


 その一方で、姉に甘えてばかりの自分に危機感を覚え、受験シーズンの真っ只中に突入して公立の男子校を本命に据えたりと、凡人のボクはふらふらと迷いに迷っていたのは、キミも知っているよね。


「うふふふふ……」


 自虐的な笑みを浮かべるボク。


「――ショウタ様、そろそろ朝食をお採りにならないと……奥様もお待ちになられています故に……」


「ええーっ!? 喜多さん、いつからそこに?」


 後ろを振り向くと、エプロン姿の家政婦の喜多がすまし顔で立っていた。


「えっと、そうですね……『うーん、今日は良い天気だなぁ』と伸びをされるところからです」


随分ずいぶん初めの方からだねっ!」


「ショウタ様のお可愛いお声を拝聴でき、不肖家政婦の喜多は朝からハイテンションでございます……」


 すまし顔かと思ったら、口元がニヤけるのを抑えるのに必死な顔だった。頬がほんのり桜色に染まっている。


「見えないお友達との会話が終わりましたら、どうぞ下へお出でください。今朝は奥様がお取り寄せになられたキャビアがございます。トーストに乗せてお召し上がりください。では、これにて失礼……」


「えっ、ちょ、ボクずっと声に出していたの!? 独り言のように?」


 ドアを閉める直前に見えた喜多の顔は、何とも言えないニヤけっぷりだった。 


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