ようこそ!お姉ちゃん温泉へ(5)

 夢見沢家の建物は、外から見るととても立派なお屋敷なのだけれど、中は意外と普通の家と変わらない。


 一階の間取りといえば、100型の大型テレビのあるリビングダイニングは学校の教室と同じぐらいの広さしかないし、奥にある父が探偵事務所に使っていた部屋だって12畳ぐらいしかない。


 二階の間取りはもっと狭くて、両親の寝室とボクたち姉弟の個室があるぐらいで、他に部屋はない。部屋と部屋の間隔が妙に広いのが不思議なんだけれど、そのことに触れると皆困った顔をするので、ボクは気付かないふりをしている。


 ――で、一階の間取りに話を戻すけど、リビングから出ると天然木張りの廊下があり、右側は階段で左側は玄関ホール、正面の扉を開けると天然大理石張りの床で、壁一面に大きな鏡が張られている洗面所がある。腰の高さほどの大理石の台に信楽焼の大きな洗面ボールが二つ並んでいて、二人が同時に顔を洗ったりドライヤーで髪を乾かしたりできるようになっている。


 洗面所の奥に進むとお風呂があり、その手前には白い棚にタオルや着替えなどが一通り揃っている脱衣所がある。


「ふうーっ……」


 深呼吸をしてゆっくり息を吐いてみた。

 温泉の香りがする脱衣所で、ゆっくりとシャツを脱いで、丁寧に折り畳み、脱衣カゴに放り込む。

 ボクのシャツはだらしなく乱れて、脱衣カゴに綺麗に折り畳まれた姉の肌着に覆い被さった。

 いつもなら気にもならないはずなのに、今夜はなぜかイケないことをしているような気分になる。


「どうしよう……本当にいいの……かな?」


 どんなに平常心を保とうとしてもダメだった。

 だって、薄い扉の向こうには全裸の姉がいるんだから。


「すごい、すごいよしょうちゃん! 温泉の匂いがすごーい! ねえ、早く早く、早く入って来て見てよー! お湯が真っ白になっていくんだよー!」


 楽しそうにチャプチャプとお湯をかき混ぜる音がする。

 ついチラッと後ろを振り向くと、曇りガラスの向こうに肌色がうっすらと透けて見えてしまった。


「お、お姉ちゃん! タタ、タ、タオルを早く巻いてよ! ちゃんとバスタオルを持って入ったんだよね?」


「えー、本当に巻かないとダメぇー? しょうちゃんは知らないかもだけどー、バスタオルを巻いてお風呂に入るのはマナー違反なんだよー? 女子アナのお姉さんはテレビの撮影のために特別にタオルを巻いていたんだよ?」


「知ってるよ! そんなことボクだって知ってるけど……それがマナー違反と言うなら、姉弟でお風呂ってのもマナー違反だと思うし……ああっ、ボクもうだめ……やっぱりお姉ちゃんと一緒にお風呂に入るなんて恥ずかしくてできないよ!」


「ふえっ!? ご、ごめんねしょうちゃん、ほらっ、お姉ちゃんタオルをぐるぐる巻きにしたからー、ねえほら、見てみてぇぇぇー!!」


 ガタンと薄い扉が揺れて振り向くと、曇りガラスにはっきりと浮かび上がる姉の体のシルエット。確かにタオルが巻かれているようだけれど、女子アナのお姉さんの影絵のようなシルエットではなく、こちらはカラー版だ。


「ううーっ!」


「どうしたのしょうちゃん!? 天使のように可愛らしいうなり声が聞こえてくるけど?」


「な……なんでもないよぅー……もう分かったら……お姉ちゃん先にお湯に入っていてよぅー……」


 パンツ姿のボクはその場でうずくまり、ドキドキする心臓が鎮まるまで少し時間が必要だった。

 姉は素直に「うん♡」と返事をしてチャプンと浴槽に入ったようだ。


「はあーっ、極楽極楽ーっ、だよーっ♡」


 やっぱり姉も温かいお風呂に入ると、思わずアノ言葉を漏らしてしまうらしい。思わず吹き出してしまうボク。これで少しドキドキが収まってきたみたい。


しょうちゃぁーん、温泉気持ちいいよぅー。早く早くぅー! 温泉がどんどん冷めちゃうよぉー!」


「う、うん、分かってるよ……」


 ボクは立ち上がり、パンツを脱衣カゴに放り込む。

 すっぽんぽんになったボクは、すぐにクマの刺繍入りのタオルを腰に巻いた。



 ――姉が生徒会の人にもらったという『那須温泉の素』は硫黄成分が含まれているため、お風呂の追い炊き機能は使えない。だから、一度沸かしたお湯に温泉の素を入れたあとはお湯が冷める前に入ってしまわなければならないんだ。


 なら、一緒に入るしかないよね――ということで現在に至る。


 本当にいいのかな?

 高校生のボクら姉弟が、一緒にお風呂に入ってもいいのかな?

 

 ボクには分からない。

 でも、才色兼備で何事にも完璧な姉がそうするべきだというのなら……




 ボクは浴室の扉を開けた。

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