ようこそ!お姉ちゃん温泉へ(1)

 夕食後にのんびりとテレビを見ている姉とボク。


 芸能人が日本各地の温泉宿に泊まるローカルテレビ局の旅番組だ。

 旅の途中でクイズに正解するとご褒美に美味しいものを食べることができるけれど、不正解だとペットボトルの水とコンビニおにぎり一つしか貰えないという、なかなかシュールな番組なんだ。


 今日の宿は埼玉県内にある山奥の秘境温泉。

 司会者役の女子アナが問題を読み上げ、イケメン俳優とお笑いタレントの二人が順番に答える。

 あーあ、二人とも不正解。するとテーブルに並べられていた美味しそうな料理があっという間に片付けられ、代わりにスタッフが持ってきたペットボトルの水とコンビニおにぎりが一つずつ手渡された。


「あはは、やっぱり面白いよこの番組! ちょっと気の毒な気がするけど、裏ではちゃんと料理を食べているんだよね、きっと……」


 隣で観ている姉に問いかけたけれど、何も返事がない。

 不思議に思って顔を向けてみる。


「えっ!? お、お姉ちゃん?」


 思いがけず姉と至近距離で目が合ってしまい戸惑うボク。どうやら姉はテレビではなくボクの顔をじーっと見ていたらしい。


「ふえっ? な、何かしらしょうちゃん?」


 一瞬、更に顔を寄せてきた姉は、ハッとした表情に変わり、慌てた様子でボクから視線を外した。


「あ、うん。それはボクが訊きたいことなんだけと……」

「あっ、もしかしてプリン食べたくなっちゃった? しょうちゃんプリン大好きだもんね!」

「あ、うん。確かにボクはプリンが大好きだけど……」


 そわそわして落ち着かない様子の姉は、ボクの話の内容が全然入っていかないようだった。

 その一方で、『プリン』という単語を耳にしたボクの頭の中はプリンで満たされ、口の中で唾液が止まらなくなっていた。

 

「冷蔵庫にプリンあったかな?」

「あっ、お姉ちゃんが見てくるからいいのよ。しょうちゃんはテレビを観ながらお姉ちゃんを待っていて!」


 そう言いながら姉は鼻歌交じりに立ち上がった。


 テレビではイケメン俳優とお笑いタレントが女子アナに逆転クイズを出している。クイズに答えられなければ、女子アナのお姉さんも一緒に温泉に入らなくちゃいけないという、まるで深夜放送みたいなノリの番組なんだ。だから、お姉さんは必死になってクイズの答えを考えている。


「じゃーん! プリンありましたぁー!」

「よかったぁー……って、一個だけ!?」

「うふふ、一個でも十分なんだよ」

「だって、それじゃあお姉ちゃんの分が……って、それもしかしてボクの分が無いって話――んぷっ!?」


 姉の細い指先がボクの唇に触れ、ドクンと心臓が高鳴った。

 それから姉はウインクしてから指を離し、その指で逆さにしたカップの突起部分をプチンとへし折ると、プリンがお皿の上でぶるるんと揺れ動く。


「プリンといえば、やっぱこれに限るねー、しょうちゃん!」

「うんそうだね、ボクもそう思うよ。でも一つだけしかないんだよね?」

「お姉ちゃんねー、実は魔法が使えるんだー。このスプーンで掬ったプリンを倍にしてしょうちゃんに食べさせてあげるよ!」

「えっ、そ、そんなことできるの?」


 もちろんこれは姉の冗談なんだろう。でも、才色兼備で何事にも完璧な姉のことだから、その言葉には深い意味があるに違いない。凡人のボクには理解できないのだけれど。

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