スーパー家政婦の喜多(後編)
結果から言えば茶色い封筒は無事だった。牛乳の津波に飲まれる寸前に姉の手が届き、封筒の救出に成功したのだ。
でも、食卓の上にダイブした挙げ句の果てに牛乳の津波にまで飛び込んでしまったボクの方は、とうてい無事ではすまなかった。
上半身はびしょびしょに濡れ、そこにレタスやハーブが貼り付き、見るも無惨な――牛乳サラダ人間が出来上がっていた。
「しょ、
床に膝をついてうな垂れるボクの肩に手を置く姉。
「うん……ここまで不幸だと逆に笑えてくるよね、ふへへへへ……」
「気をしっかりもって
姉に肩を掴まれてぶるんぶるんと上体を揺さぶられる牛乳サラダ人間のボク。
牛乳の甘い香りと姉の薔薇の花のような香りが複雑な感じに混じり合い、現実からトリップしそうになるボクは白目を剥いていたと思う。
その様子を見た姉は、精神崩壊まで秒読み状態だ。
「誰か来てぇぇぇ――! 誰かぁぁぁ――、来てぇぇぇ――っ!」
リビングダイニングの中心で誰かに助けを叫ぶ姉。
姉にギュッと抱きしめられて精神は既にお花畑にダイビング済みのボク。
そして、急に静かになる室内――――
姉の荒い息づかいだけが聞こえる。
柱時計の7時を告げるメロディーが流れた瞬間、姉はカッと目を見開く。
「
姉は何やらブツブツ言っているけど、ボクは床に寝させられた場面からようやくトリップしていた精神が現実に戻ろうとしていたのでよく状況は分からない。
「
「…………?」
目をパチリと開けると、ギュッと目を閉じた姉の顔が目前に迫っていて、
ボクは――
「痛い痛い痛い痛い痛い――」
耳元で痛いを連呼する姉の声を聞かされ耳がキーンとなる。
そこには家政婦の
「ただの夕食の席のはずがなぜにこのような大惨事になっているのですか? それに今のお坊ちゃまに人工呼吸など必要ありません! 必要なのは――着替えです!」
家政婦の
▽
二階の自分の部屋で着替えてから階段を降りていくと、喜多の姉への説教がまだ続いていた。
喜多の指示通りに汚れた服を洗濯カゴに入れてから戻ると、テーブルの上も床も全て元通りになっていた。そして、家政婦の
イスの上に正座をしていたらしい姉は、ボクの顔を見ると一度はぱあっと明るい表情になるも、すぐ神妙な顔つきに戻った。机の上には茶色い封筒が置かれている。
「
「ううん、いいんだよ」
「……しょ、
「許すも何も、元はといえばテーブルの上に乗り上げて牛乳を倒したボクが悪いんだし、ボクの方こそごめんなさい!」
ボクは頭をぺこりと下げた。
すると、『うっ』とか『はうっ』とか『ぐぬっ』とか変な声を上げながら腕を上げたり下げたり、頭を上げたり下げたり、挙動不審になる姉。まるで何かをしたいけれどそれができない苦しみを味わっているような
姉は最後に天井を恨めしそうな顔で睨み上げ、ふーっふーっと息を整えてから茶色い封筒を開いての中身を取り出した。それは十数枚のコピー用紙の束だった。
「えっと……これは?」
「
「えーっ、ムリムリ。過去問は一応チャレンジはしてみたけど難問だらけだったし!」
「
「でも本番で同じ問題が出る訳ないし」
「とーこーろーがーっ、今年はこれとそっくりの問題が出るかーもーよ?」
姉は鼻から『んふーっ』と息を吐き得意げにそう言った。
なんだろう。姉は生徒会長だから入試問題の情報を先取りすることができるのかな? 高校の生徒会長って、そんな権限があるの?
事情はよく分からないけれど、姉が言うことに間違いはないはずだ。
ボクはその夜から自室にこもって
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