お姉ちゃんの着物姿と初詣

 姉と二人で近所の神社に初詣に行ってきた。

 そこは学問の神様が祀られている由緒正しい神社だから、受験生のボクにとっては丁度良かったんだ。

 神様にお祈りをしてからおみくじを引いた。

 姉は大吉でボクは小吉。

 それなのに姉は自分のおみくじはそっちのけで、ボクが微妙な顔つきをしたところからおみくじを結ぶところまでスマートフォンでボクの様子を撮るのに夢中だったみたい。


「んんーっ、やっぱりお家がいい! お家はサイコーよね、しょうちゃん!」


 玄関のドアを閉めるなり姉は大きく伸びをした。

 確かに外は寒いしどこに行っても人だらけだし、家の中の方がのんびり正月気分が味わえるよね。

 でも、姉が疲れているのは服装のせいだと思う。

 桜色の生地に赤と白色の花柄の和服を見事に着こなしていた姉。

 近所の神社に行くだけなのにわざわざ時間をかけて髪を結って和服姿になる必要はないと思うんだ。

 だって、姉ならどんな格好をしていても可愛いし完璧なんだから。


しょうちゃん、お姉ちゃんに肩貸してもらっていい?」


 姉はちょっと恥ずかしそうにボクの肩に手を置いて草履を脱ぐ。

 着物は玄関に腰をかけるのも難しいぐらいギュッと帯が締め付けられているみたい。

 姉はよろつきながら一足ずつ草履を脱いで家に上がった。


「和服って着るのが大変なんでしょう? お姉ちゃん、よく一人で着られたよね?」

「いくらお姉ちゃんでも一人では着られないわよ」

「えっ、そうなの? じゃあ、いつ……あっ!」


 年越しのテレビ番組を二人で観ている間に、ほんの一時間ぐらい居眠りをしていたかも知れない。姉はその間に着付けに行って来たということか!

 ボクにそのことを気付かせずに変身できる姉は本当にヒーローみたいだ。


「でもぉー、着るのは大変なんだけどおー、脱ぐのはぁー、カンタンなのよ?」


 姉は裾をつまんで両腕を開いて微笑んだ。


 その仕草に何かのメッセージ性を感じたのだけれど、ボクは襟にモフモフが付いているコートを早く脱いで楽な格好に戻りたかったので二階に上がっていった。

 姉の「もうーっ」という声が聞こえてきたけどそれが何に対しての「もう」なのかは分からない。


 ▽


 ああっ……私のしょうちゃんが部屋に上がってしまった。私にあと一歩の勇気がないばかりに、祥ちゃんは部屋に入ってしまった。


 んー、バカバカ!

 貴女はいつからそんなに意気地無しになってしまったの?

 貴女は欲しいものなら何でも手に入れてきた。

 貴女は信念を曲げない女。

 貴女はできる女。

 そうでしょう、かえで

 この時のために貴女はどれだけの苦労を積んで来たというの?


 それなのに……

 着物が似合う体型を維持するために甘い物を我慢して来たのはこの日の為だったのに……


 意気消沈した私は部屋のドアを溜息を吐きながら開ける。


「お帰りなさいませ、かえでお嬢さま」

 

 家政婦の喜多きたが片膝立ちで私を出迎えた。

 彼女は伊賀忍者の末裔にして文武両道、私たち姉弟を影で支えてくれるスーパー家政婦なのだ。


「どうなされましたか、楓お嬢さま? お顔が優れませんが…… はっ! もしやミッションを失敗なさいましたか!?」

「失敗も失敗、大失敗よ! もうーっ、私のばかばかばかーっ!」


 私はだだをこねる幼女のように袖をぶんぶん振って涙を流した。

 喜多は私を宥めてくれて、私が泣き止んだタイミングを見計らうようにこう言った。


「お嬢さまはやればできる子。その美貌と才能は世界の王族も羨むほどなのです。それなのにたった一度の失敗で全てを諦めてしまわれるのですか?」

「でも……しょうちゃんはもう部屋に入っちゃったし……」

「はあーっ、お嬢さまは本当に祥太お坊ちゃまの事となると途端に駄目な子になってしまわれるのですね!」

「だ、ダメな子なんて言わないで……」

「いいえ、不肖わたくし家政婦の喜多は心を鬼にしてお嬢さまに進言いたします! 夢は叶えるものではなく、掴み取るものなのです!」

「夢を……掴み取る……」

「そうですっ! どんな手段を用いても夢を掴み取る。それが夢見沢ゆめみざわ家の家訓なのです!」


 稲妻に撃たれたように全身に得体の知れない何かが走ったような気がした。

 我が夢見沢家の家訓を家政婦の喜多の口から聞くことになる日が来るなんて!


 もう、私は恐れない。

 夢の実現の為には、どんな強引な手段でも正当化されるの。

 それがこの私、夢見沢楓の生き様なのだ。


 そして私は、夢を掴み取るために部屋を後にする――



 ▽


 ドアをノックする音がした。


 着物姿のままの姉がいた。

 心なしか目が濡れていて目蓋が腫れているように見える。


しょうちゃん、黙ってお姉ちゃんに付いてきて!」


 右手をぐいっと引っ張られてボクは一階に連れて行かれた。

 リビングとキッチンの間の広い空間に姉とボクは向かい合った。


 どうしたんだろう?

 姉はボクの目の前でもじもじしている。

 この感じ、どこかで見たことがある……

 そう、あれはテレビドラマで女の子の主人公がカレシに告白をする場面だった。

 でも、ボクと姉は既に同じ家に住んでいるんだから今さら告白とかではないよね?


しょうちゃんにお姉ちゃんの着物を脱がして欲しいの!」


 ようやくという感じで顔を上げた姉の顔は真っ赤だった。


「……え!?」


「お姉ちゃんの着物を脱がして欲しいの!」


「ちがうよお姉ちゃん。ボクは聞こえなかった訳じゃないんだ。お姉ちゃんの言葉の意味が分からないから聞き返したんだよ!」


 姉とボクは共に拳を胸の位置でギュッと握り、少し前屈みになって固まっていた。

 姉弟って、こんなところが自然と似てくるもんだよね。


 姉は時代劇に出てくる悪代官が女の人の帯を引っ張って着物を脱がすシーンを一度やってみたかったらしい。ボクは時代劇なんて見ないから良く分からないんだけど……


「えっと、この紐を引っ張ればいいの?」

「そう。わざわざこの日のために特注した帯なのよ?」

「えっ、そうなの?」

「んふっ、最近流行の名古屋帯だとこんなにぐるぐる巻きにならないからね」

「へー、そうなんだー」


 正直、帯の種類なんてボクには興味ない。

 でも、姉の夢なんだったら叶えてあげなくちゃ!


「いっくよー!」

「あっ、待ってしょうちゃん! ぐへへっ……って言ってから」

「そここだわるポイントなの!?」


 正直、姉のそういうこだわりはボクには理解できない。

 でも、姉の夢は叶えてあげたい!


「ぐへへへっ、手込めにしてやるぞ~!」

「あ~れ~!」  

 

 姉はものすごく楽しそうに両手を上げてくるくる回った。

 帯は長さが四メートルぐらいあって引っ張り終わる頃には床が紫色に変わていた。

 姉は目が回ったらしくふらふらしている。


「危ない!!」


 リビングのソファーの方向へよろけていく姉を庇おうと身体を抱えたけれど、床に落ちた帯に足を滑らせて二人はソファーの上にダイブしてしまう。


 ボクの小さな身体はふかふかのソファーと姉の柔らかな身体に挟まれて身動きがとれない。

 真新しい着物生地の匂いと姉の身体から漂う花のような香りに気持ちがトリップしそうになるも、何とか顔を抜き出して新鮮な空気を吸うボク。

 そんなボクの耳元で姉が囁く――


「んふっ、お姉ちゃんの夢がもう二つも叶っちゃった! ありがとね、しょうちゃん。次はしょうちゃんの番だよね?」


 姉は潤んだ瞳でそう言った。

 えっと、姉の夢は帯を引かれてぐるぐるされることと……あともう一つは何だったんだ?


 良く分からないけど姉の夢が二つ叶ったらしいので、神社のおみくじの効果ってスゴいと思った元日の朝だった。


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