街の夜空を駆け抜ける
黒羽カラス
第1話 小さな出会い
小学校の正門から賑やかな声が聞こえる。色とりどりのランドセルを背負った児童達が会話を弾ませて帰っていく。
静かな状態を騒々しい足音が打ち破る。正門から泣きそうな顔で飛び出してきたのは北山雄介だった。
「ヤバイ、ヤバイって!」
怒鳴りながら必死になって腕を振った。背中の茶色のランドセルが生き物のように暴れる。
雄介は通学路を逸れた。近道となる繁華街に突っ込んだ。混み合う前の通りを少しの蛇行で切り抜ける。額には早々と汗が滲んでいた。拭う間もなく、直向きに走った。
歩行者信号の足止めを食らわず、周囲の飲食店は住宅街に浸食されていく。表情に明るさが戻ってきた。
前方に青いスレートの屋根の一部が見える。隣接した車庫の前には
「早くしないと遅れるわよ!」
「わかってるって!」
走りながらランドセルを下ろし、駐車していた車の助手席に乗り込んだ。シートベルトを着けた直後に急発進した。
「塾の鞄は後ろだから。もう少し五年生の自覚を持って」
「わかったよ。晩ご飯はコンビニだね」
「悪いわね。今から仕事で迎えにも行けそうにないわ」
前を見ながら母親はハンドルを左手に切った。繁華街の中を走って路肩に停まる。
「じゃあ、これでお願いね」
母親は用意していた千円札を差し出す。
「サンキュー」
雄介は受け取った紙幣をパーカーのポケットに捻じ込んだ。車から降りると後部座席のドアを開けて新たな鞄を背負う。
「じゃあ、行ってくる」
ドアウインドーを開けていた母親に一声掛けると雑居ビルに元気に駆けていった。
夜の暗さを
雄介はコンビニエンスストアのイートインスペースにいた。外の様子をガラス越しに眺めている。視線を落とし、幕の内弁当の小ぶりなエビフライを箸で摘まんだ。一口にしてペットボトルの緑茶の蓋を開ける。直に口を付けて飲んだ。
黙々と食べて一人の夕飯を終えた。残りの緑茶は一気に飲み干して席を立った。店内のゴミ箱に纏めて入れたあと、ズボンのポケットを漁った。取り出した小銭を目で数える。雑誌コーナーを見て一歩を踏み出し、何も買わないで外に出た。
「……借りて読めばいいし」
ぽつりと口にした。小銭を握った手をポケットに押し込んで歩き出す。視線を下げた早足となった。中央をふらふらと歩くスーツ姿の女性を易々と追い抜いた。
雄介は間もなく道端に寄った。通りを塞ぐような集団がぞろぞろと目の前を通り過ぎていく。
僅かな時間を持て余し、雄介は夜空に目を向ける。のっぺりと黒い空を粉っぽい光が覆っていた。目を凝らしても星は見えなかった。
一瞬、不貞腐れたような表情を浮かべた。軽く頭を振って歩き始める。
喧騒が遠ざかってゆく。急に寒さを覚えたのか。少し体を震わせた。試しに息を吐いたが白くはならなかった。
「五月だし」
小馬鹿にした笑いで横断歩道を渡って脇道に入った。見通しの良い直線の道に人影はなかった。右手の駐車場を横目に見てのんびりと歩く。
「え、どこ!?」
急に足を止めた。背後に目をやる。
誰もいない。依然として微かな泣き声が聞こえる。音の出所を探るように耳を傾けて、そろそろと歩いた。
「こっちだけど……」
泣いている人物が見当たらない。隠れるような場所はなく、項垂れた形の細い街路灯があるだけだった。
歩いていると啜り泣きに変わった。目は街路灯の下部に向かう。黄色い物体の一部が食み出ていて微かに動いている。クリスマスツリーの先端に輝く物体を想像させた。
雄介は足を止めた。音を立てないようにしてしゃがむと街路灯の裏側を覗き込んだ。
強い力で握られたような物がいた。淡い光を放ち、延々と泣いている。地面の一部が涙で黒く変色していた。
雄介は何度か口を開いて閉じた。迷った末に弱々しい笑みで決断した。
「あ、あの、どうして泣いているのかな?」
泣き声が止まった。丸まった状態で回りながら浮き上がる。雄介の目の位置までくると広がって五角形の星となった。中心に目と口が付いていて不満気な顔で言った。
「だって、みんながボクを、見てくれないんだよ……」
口をへの字にして震える。泣きそうになるのを堪えているようだった。
詳しい話を訊こうとした矢先、一方からたどたどしい足音が聞こえてきた。大きな声の独り言が混ざる。酔っ払いを思わせた。
「僕の家で話を聞くからポケットに隠れて」
早口のあと、パーカーのポケットを指で広げた。星は体全体で頷くと素早く飛び込んだ。
雄介は速やかに立ち上がった。千鳥足の酔っ払いとは別の方向を見やる。微かに光るポケットを掌で隠して急ぎ足で帰っていった。
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