第七話 江戸剣客番付
ぐう!
と腹が鳴ったところで大地は現実に引き戻された。
路銀を使い果たし、朝からなにも口にいれてない。
前方に商家の軒先が見えてきた。
ひとの出入りが激しいことから
頼めば握り飯のひとつぐらいは施してくれるかも……。
そんな甘い期待を抱いてふらふらと近寄ってゆくと――
「
と
人足宿ではなく口入れ屋(人材斡旋業)のようだ。
ぐうううう~~っ!
落胆も手伝って、ひときわ盛大に腹の虫が抗議の
膝から力が脱け、その場にへたり込む。
と――
「ほう、妙なところでまた会ったな」
頭上から聞き覚えのある野太い声が降ってきた。
振り返り見あげると――
「ヒゲのおっさん!」
頭に包帯を巻き、左腕を三角布で吊した熊坂が仁王立ちの姿で大地を見下ろしている。どうやら怪我の手当を受けた帰りのようだ。
「いいか、よく聞け!
おれの名は
――と、熊坂が吠えるように名乗りをあげた。
「江戸剣客番付……第十席?
つーことは、おっさんの上に九人も強いやつがいるだか?」
「こっ、こやつ!!」
たちまち熊坂の顔が憤怒に赤くなった。痛いところを突かれたようだ。
「先ほどはつい油断して不覚をとったが、今度はそうはいかぬぞ」
熊坂が頭の包帯を解き、三角布を打ち捨てる。
シャリン。
なんと腰の大刀を抜き、上段に構えた。
「ケンカだ、ケンカだ!」
「おさむれいが刀を抜いたぞ!」
たちまち人の輪ができて、ざわめきが喧噪となる。
大地はいささかも慌てず、むしろ余裕の態で腰の扇子を抜くと、バッと音をたててそれを開いた。
地長の扇面には墨痕あざやかに、
『風』
と一文字だけ記されている。
それは天狗が肌身離さず身につけていたものであり、大地が山を下り江戸に向かう際、お守り代わりに持たせてくれた餞別の品であった。
「おっさん、暑苦しいべや。刀納めてどっかいってくんろ」
地べたに座り込んだまま、大地が師の扇子で汗に光った顔を扇ぐ。
「斬れぬと踏んでおるのか?」
『風』の文字がちらちらと熊坂の眼前で踊っている。
熊坂の眼が口が頬が、ぴくぴくと震えはじめた。
先ほど喫した敗北が、屈辱の嵐となって熊坂の胸中に吹き荒れているようだ。
「おのれ山猿。もう
「手妻でねえべや」
「問答無用、死ねいッ!!」
真っ向上段の構えからいささかのためらいもみせず、熊坂は大地に向かって白刃を振り下ろすのであった。
第八話につづく
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