第一話 江戸の大地
享保十七年。
世は八代将軍・徳川吉宗の治世である。
吉宗は質素倹約を旨とする一方、武芸奨励策を強力に推し進め、江戸の剣術道場は活況の極みにあった。
そんな江戸の町に田舎くさい年若の男が、辺りをきょろきょろと見回しながらやってきた。
野良着に斜め掛けした風呂敷を背負い、すり切れた野袴を穿いている。
野袴の腰帯にあたる部分には大きめの扇子が一本差し込まれてあった。
季節は七月の盛夏である。
だらだらと全身に汗をかきながら男はある場所に向かっていた。
そこは――
浜町の若槻道場。
男の名を
そう、十年前、若槻一馬と名乗る同い年の少年に敗れたあの童である。
十八歳の一人前の男に成長した大地は、一馬の父親にいわれたとおり、江戸の若槻道場を訪ねに出羽の郷からここまで遙かな道のりを越えてきたのだ。
目指す建物が目の前に見えてきた。
腕木門の門柱には『
「たのも――」
訪いを入れようとした、そのとき――
どん!
と横から何者かに突き飛ばされた。
見れば地味な絣の小袖を着た娘である。年は大地と変わらないくらいの十八、九といったところか。
その若い娘が血相を変えて道場のなかへ乗り込んでゆく。
道場のなかでなにか不穏な出来事が起きているようだ。
大地は娘につづくと、開けっ放しになっている玄関のなかへ足を踏み入れるのであった。
第二話につづく
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