大江戸アルティメイタム

八田文蔵

    序章


 派手な音と土煙をたててわらべの体が大地を転がった。

 童は上半身を起こすと、充血した目で相手をにらんだ。


「おめの名を教えろ!」


「わたしの名は若槻一馬わかつき・かずま


 童と同じ年頃、同じ背丈の少年が大人びた口調でいった。


「若槻……一馬……。おらの名は――」


「無用だ。覚えるまでもない」


 少年はそういうと構えていた木刀を納め、くるりと背を向けた。


「いきましょう、父上」


 背後で見守っていた父親らしき人物に声をかける。

 袖無し羽織をまとい、裁着袴たっつけばかまを穿いた剣客ふうの男は、わずかに笑みを浮かべると倒された童に歩み寄った。


「大人になったら江戸の若槻道場を訪ねてきなさい」


「若槻道場……?」


「浜町の若槻といったらだれでも知っている。迷うことはないはずだ」


 そういうと男は踵を返し、息子とともに去っていった。

 旅の剣客の親子であった。

 村一番の暴れん坊であった童は、剣客の息子にケンカを売り、あっさりと敗れたのだ。


 童は悔し涙に濡れた目で空を見あげた。

 出羽三山のひとつ、羽黒山の霊峰がそびえている。

 童の脳裏に、時折山を下りてくるという天狗の噂が甦った。


「そんだ。天狗に剣術やっとうを教えてもらえばええだ!」


 童は叫ぶように声をあげると、山に向かって駆け出すのであった。

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