出来上がり

「お前きのうのあれなんだよ!?返事くらいしろよ?」


「なんだよ、そんな、機嫌良さそうな顔して!どうなるかわかんないけど。と、とにかく面白くなるぜ!今日は!」


なんだか適当にはぐらされて結局三流には本番まで会わせてもらえなかった。

春、それは本当に勝てる賭けなのか?

わざわざメール送ってくる程だからお前ですら勝算が無いんじゃないか?


「今日は、いやいつもチャレンジの日々だが、今日はなにが起こるかわからない。そのつもりでいてくれ。おれからのこんな言葉、お前達を不安にさせるだけかもしれないけど、なにがあっても舞台を成立させてくれ!」


アイドル達にそんな頼りない事しか言えなかった。が、アイドル達もなにかを感じとってくれて、声を揃えて


「はい!」


と力強い返事をくれた。

幕があがる。

おれの大好きなシーン客席がピリッと緊張感で一瞬にして凍り付く。それを、ゆっくりと溶かしていく。

きのうのリフレッシュが効いたのか今までで一番の出来だ。

今日カメラが回っているのか確認をした。なぜならなによりおれがもう一度このシーンを見たいからだ。


「お前あの子らに何したの?格段に良いじゃん今日?」


問いに問いで返す。


「お前こそ、なにしたんだよ。いつものパターンわかってるだろ?この後どうなるか?」


「ん〜企業秘密!!それ知ったらお前、俺いらなくなっちゃうじゃん!!」


「じゃあ、おれも企業秘密だよ」


ここまで完璧だと粗が目立つ、三流の。

正直こわい、なぜだろう。緊張から来るものなのか、ぞわっと鳥肌立つようなオープニングを見たせいなのか尿意を催した。

普段だったら絶対にしないのだが、見るのが怖い気持ちもあったからなのか、公演中にトイレに向かった。


やっぱり気持ちから来たものなのか、あまり出ず。タバコでも吸ってから席に戻ろうかな?と考えながら手を洗っていると、なんだか劇場が騒がしい。

いつも通りならそんな声聞こえるようなシーンではないはずなのだが、なんだかざわついてる。

濡れた手をデニムの後ろ辺りで拭きながら、慌てて席に駆ける。


なにが起きてるのか?


客席へのドアーを開けるとこの舞台では今までなかった。笑い声が聞こえてきた。


「何が起きてる?」


「賭けに勝った!!俺もトイレ行ってくる」


春も少し安心したのか珍しくホッとした顔を見せ、おれの肩を叩きながら入れ替わりに外へ出て行く。


三流のアドリブがあったかくなりかけていた客席を一気に熱くしている。


どこか俳優のプライドが邪魔していたのか、今回の皆で作り上げてくコンセプトにいまいち乗り切れずにくすぶっていたもやもやとしていた三流役者が吹っ切れたのか、もうどうにでもなれ!の精神にまで至ったのか、芸人さんよろしく!な程、ふざけ倒している。いや、誰よりもこの場を楽しんでいる。

なにがきっかけなのかわからないが、くすぶっていた三流が一気に燃え上がっている。

ほとんどがアドリブなので、おれですら笑ってしまう。

アイドル達の歯車にガチッ!と一流の歯車がはまった。


春の帰りが遅いので、喫煙所に足を運ぶとやっぱり春が居た。


「すげぇな。なにしたの?企業秘密とか言わずに教えてよ」


おれもタバコに火をつける。


「あいつもたぶんさ、おれらと一緒の人種なんだよ」


「は?」


相変わらず春は回りくどい。


「オタクなの!根が!」


「あーなんか言ってたな。確か。」


「しかも、たぶん俺やお前より純度が高い。ほんで、役者様!ってプライドが高いんだよ、あいつ」


「まーあのメンツの中では役者経験もあるし、おれがしっかりしなきゃとかいろんなプレッシャーもあっただろうし」


「まぁそれもあるんだろうけどさ、道化に徹しきれなかったんだよなー」


「まぁな。それもわかる。」


「あと、女慣れしてないのに、新メンバーと言えども憧れのアイドル様がいる!ってので要らない緊張とカッコつけがあったんだよ。馬鹿みたいだろ?」


タバコの煙を漏らしながら口元が緩む。


「お前、まさか?」


「うん、キャバクラで朝まで飲んでた!キャバの子なんてみんな笑ってくれるから、変な勘違いしたまま今舞台に出てる!俺、おもしろいぞ!女の子楽しめられるぞ!って」


遂に声をあげて煙を出しながら笑っている。


「お前、それ大丈夫なのかよ!?」


「大丈夫だろ!この漏れる笑い声が聞こえる限り。それにあいつ大して飲んでないから、終盤には酔いが覚めるよ。で、お前はなにしたの?」


「ライブDVD見た!ここのスクリーンで。それだけ」


「おー。最高のリフレッシュになるし憧れを再認識するって大事だぜ!!よ!名監督!!」


「大したことしてないよ、オタクの集いにすぎねぇ」


二人で煙に包まれながら笑った。舞台の最中とは思えないリラックスしている。こんな経験初めてだった。

「じゃあ行こうか、そろそろクライマックスだ」

春がタバコの火を消すのを待って劇場のドアーを開ける。

時間通りクライマックスのシーンだ。


セイカが緊張感をつくり、二葉がゆっくり緊張を解き、一流が夏の日差しのごとく強引に客席をあっためてきたのだろう。

お客様の顔がいつもより真剣に舞台に魅せられてるのがわかる。

作り出す空気を感じて、お客様の感情の振り幅も激しかったのだろう。


さっきまで笑いが漏れてたのが嘘のように静まりかえっている。

ドアーの開閉の音すら劇場に響いてしまうくらいに。


クライマックスのシーンは、セイカが二葉を殺すシーン。

セイカが作り出した実態のない存在が二葉のはずだったのだが、実は逆なのである。

二葉が生み出した実態のないはずの存在がセイカだったのだ。

そんなどんでん返しが明らかになり


「私は私を殺した…私は!私を殺した!!」


自分の生み出した存在に殺される。つまり体を奪われる。

それが明らかになるその一言で幕が閉じる。


それと同時に今まで聞いたことがない程の拍手が鳴り響く。


ようやくこの演劇は完成した。

そう言いたくなるくらいの出来栄え、拍手だった。


当然だが、ランキングでも堂々の一位になり久しぶりに楽屋が笑顔で満ちる。

みんな千秋楽を迎えたかのようにはしゃいでいる。

セイカも二葉も一流も。春もおれも。

スタッフの方々も。


そんな喜びに満ち溢れた仲間達をみてなぜだか涙が流れてきた。


それを見つけた春が茶化し、みんな指差して笑っている。なんだか最近笑われっぱなしだ。


だけども涙は止まる事なく、泣きながら笑うわけのわからない状態になった。

それを見てみんながまた笑ってる。なんて幸せな時間なのだろう。



それと同時刻。1つのブログが更新された。

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