第4話 相手が一番知られたくないことが見える目

 千瞳は説明を続けていたが、私は輝く義眼に目を奪われて上の空だった。

「では、よろしいですね?」

 千瞳が私の肩に手を置いた。あれ? なにを訊かれたんだっけ? うっかり私は曖昧にうなずいてしまった。

「あなたの世界の半分をいただきます」

 千瞳がそう言うと、義眼を右手で掲げ、左手の人差し指を私の左目に突っ込んできた。悲鳴を上げる間もなく、視界は暗転し、私は意識を失った。


 気がつくと私は高円寺ストリートに立っていた。周囲を見回したが、義眼堂の看板はなくなっていた。地下へ続く階段もない。妄想だったのかもしれないが、それにしては鮮やかに覚えている。左目に違和感もある。心なしか見え方が少し違う。

 日はとっぷりと暮れている。突っ立っているわけにもいかないので、私は家に帰ることにした。

 確かに義眼を装着されたことが翌日すぐにわかった。上司から提案書を書き直すように言われた時、机の上にある紙が目にとまった。あれだ、となぜか思った。

「あの紙、出しっぱなしじゃまずいでしょう」

 思わずそう言っていた。上司は蒼白になり、すぐに紙をつかんでポケットにねじこんだ。

「誰にも言いません」

 私はささやくと自分の席に戻った。あの紙をちらっと見た瞬間にわかった。取引業者からの裏金の相談だ。

 他の人間が一番隠したいものが見えるようになった。みんなは私のことを畏れ、邪険に扱わなくなった。味方にすれば強力だが、友達にはなりたくないタイプの人間になっていた。部署は営業から財務に移り、他の企業との契約や買収に関わり、次々と相手の書類の問題点を暴き、自社の粉飾を見つけ出した。

 社内外の評価が高まる一方、私はどんどん孤独になっていった。敵にはしたくないが、友達にもしたくない。その理由はよくわかる。やがて私は心を病んでしまった。

 口数が少なくなった私を気遣う同僚や社員もいたが、どいつもこいつも人に言えない秘密を持ったろくでなしばかりだ。誰も信用できない。

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