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《ちゅうに探偵 赤名メイ⑱′′》
声の主である宮城 久松(みやぎ ひさまつ)はゆっくりと俺たちに近付いた。顎に指を這わし、ふむ、と一言呟くと、目線は赤川に向いた。
「私は『殺せ』と命じたはずですが?」
静かだが、どこにも隙はない。まるで弱火でじっくり煮詰められたような威圧感は、さまざまな場数を踏んでいないと出せないだろう。
・・・さっきの会話は、聞かれたのか・・・?
俺は焦りと同時に冷や汗をかいた。もし聞かれていれば、確実に俺と赤川の命はない。
「・・・申し訳ありません、利用価値があると思い、生かしました」
赤川は咄嗟に嘘を付いた。この嘘は、俺たちの会話を聞かれていたら通用しない。赤川は賭けに出た。聞かれていない方に。
「ほう・・・」
宮城は少し黙り、考え始めた。
どうだ、聞かれてたのか?そうじゃないのか・・・!?
緊迫した室内は、時が止まったように張り詰めた。そして宮城は口を開いた。
「・・・良かろう」
くるりと向きを変え、宮城は入ってきた扉へと向かい、こちらに一瞥(いちべつ)した。来い、ということだろうか。
上等じゃねぇか・・・。
ここから逃げる事も重要だが、こいつが主犯である確固たる証拠が必要だ。何としてもそいつを入手して赤川を連れて脱出する。それが俺がやるべき事だろう。
てことは、コレが活躍する、か?
俺はポケットに入れていたボールペン型のボイスレコーダーの頭にあるポッチを一度押した。小さくカチッと鳴った。
「おっと、そうだ・・・」
宮城は何か思い出したように振り向いた。
「これで後ろ手に縛りなさい。それと、これも持っていなさい」
宮城が赤川に渡したのはロープだった。もう一つ渡されていたが、影に隠れて見えなかった。麻縄で作られたそれは、頑丈かつ柔らかい。彼女は怪しまれないよう、俺の手を後ろに回してキツく縛った。ギチチ、と縄通しが擦れて聞こえる音が、より一層固く結ばれたのを強調していた。
「場所を変えましょう。付いてきなさい」
宮城は部屋を後にする。俺は結ばれた後ろの手から伸びる縄を赤川に持たれ、まるで奴隷(どれい)のように一定の距離を保ちながら後を付いて行った。
何階分の階段を上ったかは、正直分からない。窓やドアおろか、他の階が無いので情報がない。地上までの道のりが遠く感じた。
一体いつまであんだよ、この階段・・・!
俺は苛立ちながらも息を切らした。後ろにいる赤川も、軽く息が上がっていたが、数段前を行く宮城は、何食わぬ顔で階段を上がって行っている辺り、普段からここを使っているのか、歳の割に体力があり過ぎるのか、どちらかだろう。
「あなたは、前に一度お会いしていますよね?」
宮城はおもむろに口を開いた。
「・・・だったら何なんだよ」
俺は少し呼吸を乱しながら強めに答えた。
「そんなに敵意を剥き出しにしないでくださいよ。私は世間話を愉しみたいと思っておりますので」
何が世間話だ。こちとら殺される計画聞かされてんだぞ。
「あの時は嬉しかったですねぇ。信者が増えるのは、私の家族が増えるそのものですから」
・・・何言ってんだ、こいつ?
宮城は何食わぬ顔で階段を上る。そんな家族を平気で殺しの道具に使ったり、犯罪に手を染めさせている奴を、俺は心から軽蔑していた。いや、軽蔑以上の感情を、奴に抱いていた。そんな中、階段をゆっくり上がる宮城の足がようやく止まった。
何だ、着いたのか・・・?
「お待たせしました。地上です」
と、宮城が重っくるしい扉を開ける。俺は久しぶりに感じる太陽光に目を瞑ろうと瞼に力を入れた。が、俺の期待は裏切られた。
「え・・・夜・・・?」
俺は一体何時間眠らされてたのか、と考えさせる余裕も与えられずに次の情報が目に入ってきた。
「車・・・?」
目の前には黒のセダン系の車が置いてあった。これからどこかに移動するのか?と考えようとした瞬間だった。
「あ゛っ!!!???」
後ろからの電撃。それがスタンガンだということはすぐに分かった。そして、誰がやったのかも。
くそっ・・・またやられた・・・!!
俺は再び赤川を眼球だけを動かして睨みつけたが、彼女は泣いていた。薄れ行く意識の中、俺の脳裏にはその顔がこびりついていった。
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑲′′》へ続く。
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