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《ちゅうに探偵 赤名メイ⑰′′》
「・・・最初に私がこの宗教に入ったのは、お母さんたちが亡くなってからなの」
赤川は静かに話し始めた。俺は体の向きを彼女に向ける。視線は俺の目をしっかり見ていた。
「お母さんたちのお葬式に来ていた、ここの教祖の【宮城 久松(みやぎ ひさまつ)】に声を掛けられて、私は【双響(そうきょう)の渓谷(けいこく)】へと入信したの。精神を病んでいた私に優しくしてくれたわ。あの時、何故彼がお葬式に来ていたかを考えてたら、私は事実を知る事は無かったかもしれない・・・」
赤川は、視線を逸らした。お腹の前で握る手に、少し力が入った様にも見えた。
「そこからの生活は、180°変わった様な感じだったわ。何せ、公園や街中で中身が分からない紙袋を渡せばお金が貰えたんだもの・・・」
彼女の顔は曇った。
「しばらく経って、その中身が大麻や覚醒剤だって気付いた時は手が震えたわ。私のせいで何人もの人がその薬のせいで人生が狂ってしまったなんて考えたら、眠れない日もあった。それでも、私はそれにすがるしかなかった。その紙袋を渡している時の写真を撮られ、脅されていたから」
赤川の目には、再び涙が滲み始めた。
ブラックサンダーが持ってた奴か・・・。あれ、でもそれって、警察から貰った奴じゃ・・・?何で写真を撮られた事を知ってるんだ?
俺は違和感を覚えながらも話の続きを聞いた。
「そこからはまた生活が一変したわ。私は宮城に何をされるか不安な毎日を過ごしてきた。でも、何も抵抗できなかったのは、ここが私の居場所だったから・・・。日常化していたの、その生活が。そしてそこから、数ヶ月が経ち、宮城からの脅しが無くなり、警察からのマークが外れた時の事だった。私は宮城が幹部達と話しているのを聞いてしまった」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
「『君達は優秀な教徒だ。しかし、私の教えから背く者は此奴らと同じ運命を辿るだろう』。私はその時確信した、お母さん達は事故で死んだんじゃない、こいつに殺されたんだって・・・」
俺は、身の毛がよだつ感覚に襲われた。ここの教祖である宮城を放っておくわけにはいかない。宮城逮捕が赤川の救出になる事は、瞬時に頭の中で繋がった。
「だから、私は機会を待ってた。そしてそこから少し経ったある日、青山からのメールが来たの。飲みに誘ってくれた、あの時よ。私は悲しみを押し殺してた。けど、最後の最後で、あなたに弱味を見せちゃったの」
・・・あの時の最後の言葉は、そんな意味があったのか・・・。
『青山が本当の探偵だったら良かったのに・・・』
その言葉の真意は、これだった。いつの間にか、頭は冷静になっていたが、心は熱かった。それは過去にお世話になった人の仇だから、というのも確かにあるが、幼馴染を悲しませた事に対しての気持ちが、一番強かった。
「そこから、つい昨日の夜。青山と会う前に宮城から言われた事があったの」
「・・・何だ?」
絞り出した声は、赤川を思いの外ビクッとさせてしまった。彼女は恐る恐る答えた。
「・・・・・・あ・・・あなたを殺せ、と・・・」
殺す・・・?何言ってんだ、赤川の奴・・・。
「そんな漫画みたいなフレーズ、お前から聞きたくなかった」
「こ、これを渡されたの・・・」
赤川はポケットから、小さな透明な袋からカプセルを取り出した。
「トリカブトの根を乾燥させて粉末にしたものよ」
「トリカブト・・・。毒か・・・!」
植物の知識はあまりないが、ドラマや漫画で『トリカブト』には猛毒がある事は知っている。だが、致死量は知らない。
「これをあなたの飲み物に入れて殺せって、宮城に言われたわ。そうすれば警察や、私を尾行してる人たちが躍起になって捜査を誤り、彼らはその騒動に乗じて雲隠れするつもりだったみたい。・・・私を見捨てて」
あくまで赤川はトカゲの尻尾切りに使うつもりだったのか・・・。でもあれ、俺って生きてるよな・・・?
「私はあなたを殺す事はできなかった・・・。入れたのは即効性の睡眠薬。これがバレたら私は殺されるかもね・・・」
・・・殺す、殺される、か・・・。
俺は、人の命のやり取りに関しては他人事だと思っていた。それこそ、漫画やドラマ、映画の中でしか起こらない『非現実』だったからだ。それが今目の前で、当たり前のように目の当たりにしている辺り、いつの間にか俺の『日常』はその『非現実』へとなり、俺の『現実』になっていた。
「・・・人の命ってさ、そんなに簡単に奪い、奪われるもんなのかな・・・」
「・・・え?」
神妙な顔つきで話をしていた赤川の顔は、一瞬曇った。それは、彼女にとって、両親を亡くし、この【双響(そうきょう)の渓谷(けいこく)】へ入信し、宮城の話を聞いてしまう前までは、それが『日常』であり、『現実』だったからだ。外見や仕草、性格は知ってるが、発言、考えは別人になっている。もう『そこ』に、俺の知る赤川 千尋は居なかった事に、ショックを隠しきれなかった。
「何でもない・・・」
俺は髪をクシャリと握った。ぼそっと独り言の様に呟いた言葉は、しっかりと赤川の耳に届いていたようだ。それを証拠に、軽くオロオロと仕草が見えた。これは、昔から変わっていなかった。少しの沈黙があったかと思いきや、俺たちが運び込まれてきたであろう扉が、勢い良く開いた。
!!!
「おや、これはこれは」
俺たちを発見した声は、前に聞いた事がある。それは【双響の渓谷】に潜入した時に、資料室で聞いた、あの落ち着いた声だ。
「宮城・・・様・・・」
え・・・じゃあ、こいつが・・・赤川のおじさん達を・・・!?
声を絞り出した赤川とは対照的に、俺は言葉を出す事ができなかった。
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑱′′》へ続く。
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