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《ちゅうに探偵 赤名メイ⑬′′》
赤川からの電話を受けた俺は、呼び出されたバー『NEO(ねお)』の前に来ていた。俺は彼女からの電話の内容を思い出していた。
『今日、夜時間ある?ちょっと相談したい事があって・・・』
『あ、うん、良いけど・・・』
『じゃあ今夜8時、バーNEOってところで待ってるね』
そう言うと彼女からの電話は切れた。とてもタイムリーな電話に一度は喜んだものの、タイミングが良すぎる事から警戒もしている。そしてその後、ジャスティスこと白井とピンクガーデンこと桃園から指令を言い渡され、俺は時間通りにバー『NEO』に来たのだ。その指令とは、【双響(そうきょう)の渓谷(けいこく)と赤川の関係性を暴く】ことだった。幼馴染みが犯罪に手を染めている事実を認めたくはない。できれば無関係で、警察や俺たちの勘違いだった、という結末が俺にとっては一番良いが、ブラックサンダーこと黒柳の発言だったり、藤堂警部の事だったり、どうやら勘違いではなさそうなのだが・・・。どうもしっくり来ないのは確かだった。俺はバーの重っくるしい木の扉を開けた。ギーッと鳴るか鳴らないかの絶妙なラインで開く扉。中は濃い茶色で統一され、カウンターが8席あるだけで他の席はなかった。白髪混じりだが、オールバックで決めた初老のマスターが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声だ。
「す、すみません、待ち合わせをしてるんですが」
「それでしたらこちらにお座りください」
と一番奥の席に促された。俺の他に客はいない。
あまり繁盛してないのか・・・?
と案内された席に座りながら辺りを見回す。窓はないが狭い感じはしない。何だか懐かしい感じがするのは、恐らく濃い茶色の壁や、ほんのり薄暗い照明のせいであろう。店内BGMはジャズが掛かり、バーカウンターの後ろにはお酒のボトルが壁一面にいくつも並んでいる。管理だけでも大変そうだ。
「すみません、ここはオープンしてどれぐらいなんですか?」
俺は、赤川がまだ来ないのを良いことに、少し探りを入れようと他愛のない会話を始めた。
「そうですね・・・。かれこれ20年程になりますかね」
「20年!それは凄いですね!お客さんの中には長く通ってる方もいるんじゃないですか?」
「オープンしてからずっと来ておられる方は数人、おりますよ」
マスターはこちらに背中を向けて何かを準備していた。カラカラと音がしていることから、恐らくお通しのナッツだろう。
今は俺一人だけど深夜には賑わうのかな?
不要な心配をよそに、マスターはコースターと一緒にお通しを俺の目の前に置いた。
「・・・お飲み物は、何になさいますか?」
おっといけない、ここはバーだ。何か注文しなくては・・・。
慌ててメニューボードを探す。入り口付近に掲げてある小さい黒板状のメニューボードには、チョークで本日のオススメと名物が書かれていた。しかしそこには食事メニューしかなかった。そんな姿を見兼ねてか、マスターは少し笑いながらスッとドリンクメニューを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
居酒屋じゃないからビールはやめておこう。何かカクテルを・・・。
俺はドリンクメニューに一通り目を通した。が、何がどんなカクテルなのかがサッパリ分からなかった。
「あの、オススメを〜・・・」
おずおずと出した言葉は、マスターの意表を突いた様子だった。肩を竦(すく)めながら何かを作り始めた。1分程で出てきたのはウーロン茶とぶどうジュースを足して2で割ったような色合いのカクテル。タンブラーグラスに入ったそのお酒は、艶かしく輝いていた。
「これは・・・?」
「『エル・ディアブロ』というカクテルです」
『エル・ディアブロ』・・・。何かカッコいいネーミングだ。
俺はその名前をすぐに気に入り、早速一口飲んでみた。
これは!・・・何だ・・・?分からない、けど、美味い。
味を表現する事は俺には難しく、何が入っているかはサッパリだったが、フルーティーな味がする。
「これはどういうカクテルなんですか?」
「テキーラベースのカクテルで、カシスリキュールとレモンジュースを入れ、ジンジャーエールで割ってます。どうですか、落ち着きましたか?」
マスターはニコッと微笑んだ。
確かに、美味いし、落ち着いた。カクテルってすげぇ・・・。
「カクテルには、花言葉と同様に、酒言葉というものがあります」
「酒言葉・・・?へぇ、面白いですね!ちなみにこのカクテルにはどんな酒言葉があるんですか?」
楽しさと、未知の味に、タンブラーグラスの中のカクテルは進んだ。
「これには『気を付けて』という言葉が付いています。先程あなたは待ち合わせをしているとおっしゃいましたよね?私の経験から、あなたがここで会うのは異性の方だと思いました。ですから『気を付けて』、と」
イタズラに微笑むマスターの見解は当たっていた。その事を俺も恥ずかしげに笑いながら、肝に銘じながらカクテルをちびちび飲んでいると、バーの扉が開いた。
「いらっしゃい、赤川さん」
マスターのその言葉に振り向くと、グレーのワンピースに身を包んだ赤川が、少し元気がなさそうに入ってきた。
「あ、来てたんだ」
「お、おう」
微妙な空気になりながらも、彼女は俺の隣に座った。
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑭′′》へ続く。
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