⑪′′

《ちゅうに探偵 赤名メイ⑪′′》


しまった・・・、声が大き過ぎたか・・・!?


俺はゴクリと唾を飲み込んだ。声は中年の男。恐らく恰幅(かっぷく)が良く、大勢の人の前で話す事に何の抵抗もないようなゆったりとした喋り方だった。


「・・・どちら様かね?」


その言葉と同時に電気のスイッチをパチリと入れた。程なく電灯が点き、その声の主の姿がハッキリと見えるようになった。予想通りの人物だった。


どうする・・・。


とチラリとピンクガーデンこと桃園に目をやると、彼女は何のためらいもなく口を開いた。


「私たちはこちらの入信希望者でして・・・。先程受付の方から館内見学の許可をいただいてます。勝手に資料が置いてある部屋に入った事はお詫びいたしますので、何卒ご容赦を・・・」


見ていたファイルを棚に戻し、深く頭を下げるピンクガーデンこと桃園。俺も続いて頭を下げる。


おぉ、よくそんな嘘を堂々と吐けるなぁ・・・。


それは感心と敬意だった。自分より少し年下のはずの彼女は、やはりいくつもの現場を駆け抜けてきた人なのだろう、こういう時の嘘は真実味があるように聞こえた。すると、中年の男性は声が明るくなった。


「そうですか!それならどうぞご覧ください。ただし、こういう資料室のように、公開していない場所に立ち入るのは、おやめください」


「はい、わかりました。ありがとうございます。それでは・・・」


と恰幅の良い男性の横を2人して通り過ぎようとした時、ピンクガーデンこと桃園の右腕が掴まれた。


「!!!」


恐る恐る振り返る彼女のコメカミには、うっすらと汗が滲んでいた。


「待ちなされ」


今度は低く、先程とは全く違う声質に変化した恰幅の良い中年の男性は、ピンクガーデンこと桃園を睨み付けているように見えた。資料室がまるで取調室になったような錯覚に陥る程の威圧感を放ち、埃っぽい室内に緊迫感を与えた。


「・・・な、何でしょうか・・・?」


思わず言葉に詰まる彼女は、掛けている丸メガネを、掴まれていない左手でクイっと上げた。少し動揺しているよう見えた。


「こちらは、当団体のパンフレットになります。良ければお持ち帰りください」


と、冊子をピンクガーデンこと桃園に手渡した。


良かった・・・、潜入がバレたのかと思った・・・。


俺は胸を撫で下ろし、彼女も目を丸くしていた。


「え、えぇ、ありがとうございます。それでは」


俺たちはその言葉を最後に、部屋を後にした。中年の恰幅の良い男性が中でゴソゴソしているのを確認すると、足早に出入り口の方へと歩を進める。すると、受付カウンターのところではまだジャスティスこと白井が受付嬢の方々と話をしていた。


「良かったら、またお話に来ても良いかな?」


『是非是非!【白山(しろやま)】さん、お酒飲めますか?良ければ飲みに行きましょうよ!』


「また空いてる日があればね、それじゃ」


『はーい!』


俺たちが後ろを通ったのを察したのか、彼は話を切り上げた。そして建物から少し離れた場所で合流した。辺りには人影は見られないのを確認すると、ジャスティスこと白井が口を開いた。


「なかなか面白い情報が手に入ったよ」


彼は口元をニヤッと上げた。すると、今度はピンクガーデンこと桃園も、丸メガネをクイっと上げ、それに応える。


「えぇ、こちらもなかなか興味深いですよ?」


2人の不敵な笑みは、不気味の他ならなかった。この赤名探偵事務所のメンバーは敵に回さないでおこう、と心に決め、俺は1つだけ疑問があったのを思い出した。


「そういえば、ジャスティス、さっき受付嬢の人に【白山】さんって呼ばれてましたけど・・・?」


「ん、あぁ、偽名だよ、偽名。潜入捜査をする上では当たり前の事だ。ピンクガーデンも捜査する時は偽名を使ったり、わざと名乗らなかったりするんだ」


あぁ、そういえばさっき、あの男が来た時も名乗ってなかったっけ・・・。


『私たちはこちらの入信希望者でして・・・。』


覚えておこうっと・・・。


俺が1つ勉強したところで、ピンクガーデンこと桃園が辺りを気にしだした。


「・・・ねぇ」


俺も少し気になっていたのは事実だ。さっきから複数人の足音が近付いたり離れたりしている。聴覚が良すぎるせいか、何人の足音かが分かってしまった。彼女は味覚が良すぎるだけなのだが、何故だか異様な気配を感じ取ったが、これも経験から培われたものなのだろうか。そんな中、俺は耳を澄ませた。ハッキリと4人の足音が聞こえる。


「4人ですね」


それを彼らに伝えると、目を合わせて頷き、ソロリソロリと【双響(そうきょう)の渓谷(けいこく)】がある建物から離れていった。

そして、再び鯱ヶ丘2丁目にある喫茶店【スターゲート】へと舞い戻った。カランカロン、と扉が開いた事を知らせるベルが店内に鳴り響き、マスターが迎え入れてくれた。


「おかえり」


「マスター悪いね、またお邪魔するよ」


ジャスティスこと白井がそう言うと、マスターも気にするな、と言いたげな表情で奥のボックス席を手で促した。


「何か飲むかい?」


カウンター越しにマスターが飲み物を聞いてきた。それぞれ注文し、俺たちは席に着いた。


「・・・さて、情報の共有といこうか」


「そうね」


傍目から見ても、2人は楽しそうだった。まるで何かのゲームでもしているかのようだ。


「じゃあ、まずは私たちの方から・・・」


と、ピンクガーデンこと桃園が口を開こうとした瞬間、喫茶店の扉が開いた。カランコロンと鳴り響くベルは、中に居た俺たちの目を入り口に集めた。そこには見知った顔がいたからだ。


「ブラックサンダー・・・」


俺たちは思わず固唾を飲んだ。


《ちゅうに探偵 赤名メイ⑫′′》へ続く。

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