⑧′′
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑧′′》
「藤堂警部!!」
俺は病院だという事も忘れ、藤堂警部が入院している部屋へと勢いよく入っていった。清潔に保たれた真っ白い部屋の窓際には、これまた真っ白いカーテンが掛かっており、レースの網目の間から覗く景色は、入院している人たちに勇気を与える様な雰囲気さえもあった。そんな中、ベッドに座る藤堂警部の傍には可愛らしい若い女性の看護師が1人立っていた。
「あっはは!もう〜、藤堂さんったら冗談がお上手ですね!」
「ハッハッハッ、嘘じゃないよ?俺は本当に刑事なんだよ〜」
楽しく談笑していた2人に、俺はズサーッと音が聞こえそうな程のヘッドスライディングをかました。
「何イチャついてんすかぁ!?」
思わずツッコミを入れてしまった。そんな俺の登場に驚いたのか、若い看護師は持っていたクリップボードで口元を隠した。藤堂警部は驚く様子もなく、冷静に口を開いた。
「何だ、赤名のところの青山じゃないか。ここは病院だぞ?」
「あ、すいません・・・」
「・・・で、何の用だ?ただの見舞いじゃないだろ」
藤堂警部は、俺の考えを見透かしているようだった。
「突然すいません。赤川 千尋(あかがわ ちひろ)の件なんですが・・・」
「あ〜・・・、看護師の方、ちょっと、部屋から出てもらえるかな?また後でお話しましょう」
赤川の名前を出した瞬間、彼の顔付きが変わった。若い看護師も藤堂警部に手を振りながら部屋から出て行き、扉が閉まったのを確認すると口を開いた。
「黒柳から聞いたのか?」
「たまたま赤川と一緒にいる時に接触してきまして・・・。詳しく教えてください」
藤堂警部はアゴに指を這わせて、考える素振りを見せた。そして少しの間の後、彼は通り魔事件の際に刺された右太ももに気を使いながら、ベッドからゆっくり立ち上がって窓の外を眺めた。
「赤川は、お前の知り合いか」
「ええ。幼馴染です」
「そうか・・・」
一言呟くと、藤堂警部は黙った。白い病院着の裾を掴み、俺に話すべきかどうか、迷ってる様に見えた。
「・・・今から言う事は、俺の大きい独り言だと思え」
俺は、ゴクリと唾を飲んだ。
「赤川の両親は、一昨年事故で亡くなった。赤川自身、相当落ち込み、精神を病んでしまったんだ。そしてその時、彼女が出会ったのが今入信している宗教団体『双響の渓谷(そうきょうのけいこく)』。表向きはボランティアやホームレスへの炊き出し等を介して人の輪を広げ、自身らも善い行いをすれば死後、極楽浄土へ行けるという教えを説いている団体だが、調査によると黒いモノがあるらしい・・・」
『双響の渓谷(そうきょうのけいこく)』・・・?
「赤川はそこの重要メンバーになっている。黒柳に渡した写真も、その活動中に撮られた一枚だ」
「それって、赤川が望んで手を貸しているって事ですか!?」
「それは、俺たち警察には関係ない事だ」
藤堂警部の言葉は冷たく感じた。
何だよ、それ・・・。
俺は正直失望、というか、藤堂警部や黒柳から仲間外れにでもされているような疎外感を感じた。子供じゃないが、自分もそこに参加できない悔しさが押し寄せていた。『お前はお前で調べろ』、とでも言われているようだった。
ん・・・?でもそれって・・・。
「・・・藤堂警部が黒柳さんに調査依頼したのって何日間ですか?」
「7日間だ」
「その間って、警察はその宗教団体には手が出せないって事ですよね?」
「そうなるな」
・・・そうか!!
「分かりました!ありがとうございました!!」
俺は深々と頭を下げ、勢い良く病室を出ようと扉を開けた途端、誰かぶつかった。
「うわっ、すいません・・・って浅井さん!」
ぶつかった相手は、藤堂警部の直属の部下の浅井刑事だった。同僚の黒髪ロングの西嶋さん、後輩の新人刑事の梅原さんと3人でお見舞いに来たようだった。
『何か分からんが無理すんなよ〜』
「はい!ありがとうございます!」
俺は浅井さんの遠ざかる声を背中に、病院関係者の方から怒られるかもしれなかったが病院を走って出てしまった。悠長に歩いて退出、という考えが頭から無くなるほど、俺のモチベーションが高かった。
警察が黒柳さんから調査報告を受け取る前に、何とかして赤川を説得しねぇと・・・。でもまずは・・・。
「あの宗教団体を探さないと・・・」
と、気を取り直して歩き出そうとした瞬間、聞き慣れた声が俺を引き止めた。
『何を探すって?』
声のする方へ振り向くと、そこにはジャスティスこと白井と、ピンクガーデンこと桃園が立っていた。桃園は小さく手を振っていた。
「あ、いや、その・・・」
俺は、独断で動こうとした事を咎められるんじゃないかと思って言葉を濁した。が、彼らは俺を連れ戻そうとしに来たわけではなかった。
「赤名さんに言われて様子を見に来たのよ?何かあれば出来る限り協力してこいって」
ピンクガーデンこと桃園はウインクをした。思わず可愛さに目が眩んでしまいそうだったが、今はそんな余裕はない。協力者がいるならそれに越した事はないが、逆に自分の私情が絡んでいる為に頼りづらかったのも本音だ。
「お前が今考えている事はだいたい分かる。なぁに、気にするな。今回は先輩を頼れ」
既に歩き出している2人の背中を追うように走り出した俺の足取りは、思いの外軽やかだった。
《ちゅうに探偵 赤名メイ⑨′′》へ続く。
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