第5話

「おはよう、ふみまろ。良い寝つきだったみたいね」

目を閉じた状態で、そんな声が聞こえてきた。

段々と感覚がはっきりしてくる。

風が木々を揺らし、木の葉がさざめく音が聞こえる。

太陽の暖かさを感じる。

頭を乗せている枕のやわらかさを感じた。

目を開けた。

広い空に浮かぶ2つの山。

それがおっぱいだと気づいてしまうと、自分が膝枕されているのに気が付くのを忘れていた。

目じりに涙が流れてるのに気が付いた。なんで僕は泣いているんだろう。

「あぁ、やっぱり、死ぬの怖いわ」

トラックがトラウマになりかけてる。この世界にトラックが無いといいけれど。

「ごめんなさい。それは悪かったと思ってる」

頭を優しく撫でられる。母性を感じた。さすが神様。

目元を拭ってから言った。

「で、ここはどこ?」

「おめでとう、異世界よ。あなたが言う剣と魔法の世界。違うわね、もう現実よ」

辺りを見回した。

今にも落ちてきそうなほど美しい空。空には無数の星が浮かんでいる。

「この明るさで夜?」

「いいえ、夜明けよ」

「自然豊かで綺麗な星だと思うね。コンクリートジャングルが群生する島国から来た田舎者だけど、こういう所で伸び伸びしたかった」

名残惜しくも膝枕を離れ、自分の足で地面を踏みしめる。

小高い丘になっており、見下ろす佳景には透明な水が脈打つように波立つ湖と川、遠くには街の外壁が見えた。街道らしき地面が見えている草原に引かれた線の上には、積み荷を積んでいる馬車が点になって移動し、街を目指している。

湖の向こうの稜線の向こうから、太陽が頭を見せる。

振り返り、眩しそうに目を細めるセレナを見た。金の髪は太陽の光を受けて輝き、透明感を持った白い肌が艶めき、空を映すような碧色の目が輝いていた。

その姿が完璧すぎて、神聖故に近寄りがたさを覚えた。

神様とか言われても未だにピンと来ないのは僕が神様を信じて来なかったからかな。

「なによ、じっと見て。視線がいやらしいーっ」

「一切の否定をしないから見続けてもいい?」

「ダメに決まってるでしょ、バカ」

頭を殴られる。痛みがあった。これが現実だと確認した。

「思い出したよ、セレナ。はよチートくれ」

「もうあげたわよ。おかげでこっちは疲れてくたくたよ」

腰に両手をあてながら、ため息をつかれる。

僕は自分の身体を見回した。

何の変化もない。股間に手をやる。性別も変わってない。

首をふりながら、両手を広げて神様に訴えた。

「あなたに授けた力は2つ。1つめ、知識系の能力、目よ。鑑定っていう物の名前や効果を読み取るスキルがあるの。それを常時発動できる。ついでに7段階のグレード評価、100段階の品質評価もつけておいたから。使い方は見るだけ、見ようと思えばアクセスできるようにシステムを組んである」

足元の雑草を見つめる。

【ウィード】ランク:F 品質:15

そんな青色の画面が浮かんできた。

画面をスクロールすると成分、効能や、雑草の正式な名前、食べた人の2%が腹痛を訴える、下痢になる等の情報を読むことが出来た。

「星の記憶。わたしたちが管理してる情報端末よ。空を見れば今日の天候ぐらいわかるし、ダンジョンを見れば階層構造、生息する魔物の種類・レベル・ランクぐらいはわかる。知識の補填ぐらいの意味で使ってくれればいいわ。それはオマケの力よ。騙されないように生きてねってメッセージ。人によっては使いすぎると頭痛したり目が熱くなるらしいから、ほどほどにね。あまり深い情報読み取るの、やめておきなさいな」

星の記憶とか大好物すぎてテンション上がる。ただでさえビックデータとか好きだったのに、本物を見ちまったよ。異世界最高かよ。

「2つめ、スキルポイント。スキルって言うとわからないかもしれないけれど、ある程度到達した技能や技術をここではスキルと呼んで評価してる。例えば料理や家事、これらもスキルよ。料理で例えましょう。毎日お店で料理をする料理人と家庭で料理をする人と全くしたことのない貴族とでは、料理の技術に差があるとする。それらの技術を評価すると、料理人がA~B、家で料理をする人がC~D、貴族がF。7段階で評価するならば、こんな感じになるわ。あくまで例だから個別論はやめてちょうだいね」

「資格とかいうビジネスが全く不要になって、とても良いと思う」

「あなたの場合、世界が異なると必要な能力も異なるから、ハンデが多いのよ。残念ながらこの世界はあなたの世界に比べて効率化されてなくて不便を多くかけると思うわ。ごめんなさいね?」

嫌味な言い方でそんなことを言われる。

「僕は効率化されすぎた世界についていけなかったノロマだから、大喜びさ」

冗談めかしてそう言うとセレナも困ったように笑っていた。

「でね、そのハンデを埋めるために作ったのがこのシステム。二度と使わないだろうけれど、あなたのためだけに作ったんだから、本当に感謝しなさいよね」

半分キレながらセレナがそう言った。いや、どんだけ苦労したんだろう。聞いちゃダメな気がする。

「なんと、スキルが買えます。才能を持った人が血反吐を吐くような努力の果てに寿命を削って得られるようなスキルもポイントを消費することで購入できます」

「……天才かよ。感動が止まらない。僕もう怠惰極めるわ。真の自由を得たりって叫ぶわ」

「本当、これバレたらわたしが怒られるから絶対ほかの人に言っちゃダメよ。天界追放されるから。勇者すら面倒くさくて作らないのに、なにしてるんだって主神から怒られるから」

「わかった絶対言わない。墓場まで持っていく」

「ええ、そうしなさい」

セレナと指切りした。絶対に言わないウソついたらコキュートスの最下層に落ちる。そういう内容で指を切られた。

「で、スキルポイントの使い方なんだけど右手の人差指と親指を合わせて広げるように動かしなさい。ピンチアウトだっけ?それでスキルショップの画面でるから」

なんてこった。セレナの横でずっとスマホをいじっていた僕の動きを見ていたのか。

なにもないところで親指と人差し指を広げてみる。

薄い青色の画面が出てきた。

PCの画面ぐらいの大きさのそれは指でスワイプすれば動く。現代科学をイメージして、直感操作できるように作られていた。

恐る恐るセレナの顔を見た。もしかして、とてもできるお方なのでは?

画面には自分のステータスや保有スキルが表示されている。

僕のステータスを見てみる。体力や筋力、敏捷、魔力、幸運、スキルといった分類がされておりEやFという数字が羅列されていた。

もしかして僕のステータス低すぎない?

「スキルについてはゆっくり考えていけばいいわ。なにが有用なスキルかは自分で見聞きして知った後取れば良いしね」

「欲しいスキルがあるんだけど、ちょっと教えてくれない?」

セレナが顔をしかめながらも口を手で覆った。今絶対ニヤリと笑ったな。

「2つ必要だと思うものがある。1つ目が武力、2つ目が回復スキル。剣と魔法の世界に武力なしで生き延びられるとは思えないから、襲い来る剣と魔法を振り払えるだけの武力が欲しい。はっきり言うけど僕は戦う気が無い。戦える奴隷か、魔物とか欲しい」

「奴隷はお金で購入するものよ。スキルで提案できるのは2つ。1つめがテイム。野良の魔物を手なづける方法。2つめが召喚魔法。召喚魔法のスキルを得れば、ランクに応じた魔物が魔力と交換に召喚されるわ。あとは……そうね、リスキーで効果が曖昧だけれど自然界の魔物を召喚すると同時に主従契約を結ぶ方法もあるわね。確率は低いけどドラゴンなんかの竜種を従えられる可能性も無いこともないわ」

ドラゴンという言葉の響きに全部もってかれた。

どうやって戦力を得ようかなっていう思案から、ドラゴン従えたいに一瞬で変わってしまった。

「よし、ドラゴン狙おう。ドラゴンの魔物従えてると恰好良いじゃん」

「ひとの話聞いてた?リスキーで効果も曖昧だって、可能性としては戦闘できない魔物が出る確率のほうが大きいわよ?……いや使うスキルポイントにもよる?下限だけ設定すれば案外いけない事は無いのかしら。高ランクスキル持ちが必ず戦闘できるとは言えないけれども戦闘できる可能性が高くはあるか。うん、面白そう」

ぶつぶつとセレナが何事かつぶやきはじめて自分の世界に没入した。

回復スキルなにがあるんだろうなと思ってスキルを見てわくわくしていた時だった。

「ふみまろ、ちょっと画面一回閉じるわね」

そう言って、閉じてしばらくすると「もういいわよ」と許しを得てスキルショップの画面を開く。

画面のタブに召喚というわかりやすい項目が増えていた。

召喚タブを見る。使用スキルポイントの入力ボックスと召喚ボタンだけ用意されていた。

これ、つまりガチャでは?携帯のソーシャルゲームでよく見た画面だぞ。

「スキルポイントを入れて召喚するシステムを作ったわ。入れたスキルポイントの量が多ければ多いほど強い魔物が出てくるようになってる。使うスキルポイントで強さを担保できるから、計画的にね」

さした労力でもないと言わんばかりにセレナが言う。くたびれたといわせたこのシステムは、どれだけの規模の代物なのだろうか。想像もつかないけれど、とんでもないということはわかる。

「仕事はやすぎてビックリするわ。ちなみにドラゴンを狙うならスキルポイントどれくらい必要なの?」

「500がドラゴンの平均値ぐらいね。言っておくけど、とんでもない量よ。人間の勇者でもスキルポイントで言うと500ぐらいなんだから」

スキルを指標にすると強さが良く見えなくて困る。ドラゴンと勇者がスキルポイント上同じぐらいだとすると、もしドラゴンの召喚に成功した場合どうなるのだろう?

あれ、そういえば僕スキルポイントいくつあるのかな。

「ごめん、聞き忘れた。僕スキルポイントいくつあるの?」

「1500。最後に持ってた金額を特典として使うって約束してたでしょう?大サービスして、このくらいかなと思って設定したわ」

「3回ドラゴン狙うのとオールインするのどっちが良いと思う?」

「……お願いだから後悔しない使い方してちょうだい。まぁ、好きにするといいわ」

困ったようにそう言われたときだった。

カラーン、カラーン。

透き通るような鐘の音が鳴った。

「思ったよりはやいわね。あーあ、残念。思ってたことの半分も話せなかった。それもそれで良いか」

唐突に目の前に巨大な扉が現れる。

雲に包まれて、白く光る巨大な扉だ。

「これが天界の門よ。お迎えが来ちゃったから、わたしは行かないと。ここから先、あなたの人生よ」

ふわりとやさしい風につつまれる。

セレナが僕を抱きしめて、頭を撫でた。

応えるように、僕は抱きしめ返して「ありがとう」と伝えた。急なことで、何て言っていいかわからなかった。

「わたしを助けてくれて、ありがとう。わたしはずっとあなたと居られないけれど、あなたをずっと見ているわ」

そういうと神様は逃げるように僕の手から離れて、扉に走って行った。

最後に一度後ろを振り返ると、意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。

「ふみまろー!わたし、あなたのこと好きよ!もっと自信を持ちなさい!あなたは自由なんだから!」

僕は負けじと言い返した。

「好きとか言われたらちょろい僕は惚れちゃうだろ、バカヤロー!!前の世界では、なにやってもうまく行かなかったけど、セレナがチャンスをくれたから、僕は自由を楽しむよ!!ありがとう!!」

そう言い終わると、大きな扉が開いた。真っ白な光に目がくらんで僕は直視できなかった。

セレナは気が付くとまた、居なくなっていた。

「あいつ、いつも突然で、急なんだよ」

ひとつ大きな呼吸をした。

僕はたまたま神様を助けた。それのお礼に異世界に連れて来てもらった。

僕の異世界ライフはここからだ。

「よし」

そう意気込んで、親指と人差し指を開いて僕だけの魔法を使った。

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