第2話
左手にビジネスバックと食料の入ったコンビニの袋を持ち、右手には公園で拾った女性の手を握り帰宅した。
女性はきょろきょろと物珍しそうに辺りを見回っている。マンションとかいう現代の人間の巣が珍しいのか。日本のはとくに窮屈だ。
バックと袋を床に降ろし、部屋のカギを開けた。
ベットとテレビと小さな机しかない我が家に客人が来るとは思ってもいなかった。来るのは、インターネット回線の営業の若い男性だけだった。
無理やり外国人少女を家に連れ込む独身サラリーマン。明日の地方新聞の見出しになっていないと良いな。
「寒いだろ。風呂入るか?」
きょとんとした顔をされた。濡れてくすんだ色の前髪が額に張り付いていた。結構雨に降られていたんだろう。手も冷たかったし。
僕からしたら善意で家に入れているが、相手からしたらどう思ってるかわかったもんじゃない。とくに言葉も通じないし。そんな考えてもわからないことを気にするのはやめた。
悪意なんか見抜けるわけがないし、相手を善人だと信じて行動しよう。騙されたら僕がバカだっただけ。
「よし、お風呂入ろう風呂」
洗濯器と洗面台が並んでいる脱衣所に腕を引っ張って連れ込んだ。横開きの風呂の扉を開け、温度を熱めに調整したシャワーを出す。すぐに水がお湯になり、風呂場に湯気が立った。
「よし、脱げ。バスタオルここに置いておくから入れ。言葉通じなくてもボディランゲージでなんとなくわかるでしょ?これな、ここで温度調節、これで水量調節、操作はこれだけ。とりあえず気のすむまで風呂に入ってなよ。じゃ!」
それだけ言ってピシャリと扉を閉めた。
後は出てくるのを待ってれば良し。その間にまずケトルにお湯を沸かして、部屋に足の踏み場を作り、ごみをゴミ袋にまとめて出しに行き、洗濯物の山をカゴに詰めて洗濯機を回す準備をして、ドライヤーをコンセントに差した。
カップのコーヒーにストローを差して、テレビを聞きながら、スマホをいじっていた。
青い鳥のSNSで「終電逃した」とか「まだ仕事中」とつぶやく他人を見て心を休めていたところだった。
部屋の扉が開いて、金髪の美少女がバスタオル1枚で部屋に入って来た。そんな体験お金を払ってもしたことが無かったので、なぜか僕の背筋が自然にピンと伸びて正座していた。
「着替え考えて無かった!!ごめん、ごめん!!ちょい、ちょい待って!!」
なにか着れるものは無いかと慌てて探す。
服をロクにもっていない僕の選択肢はジャージ、Tシャツ、ワイシャツぐらいだった。
選択肢を選んだ後の事をシュミレートした。
一切の躊躇を持たず、白いワイシャツを選択した。理由を一言で述べるならば、裸ワイシャツにロマンがあった。
嫌な顔をしながら少女はしぶしぶシャツを着た。
もう僕は捕まっても良い。これで捕まるならば本望だ。
洗濯器にずぶ濡れの白いワンピースを入れて洗濯した。その後、カップ麺2つにお湯を入れ、割りばしをセットしてからペットボトルのお茶2本と一緒に持っていく。
ゆっくりペットボトルの蓋を回してあけて、口をつけて飲んでみた。目の前の女の子は真似をしてペットボトルのお茶を飲んでいた。
直接は恥ずかしくて見れないが、裸ワイシャツの金髪美少女って最高だと思ったね。床にぺたんと女座りしているところがポイント高い。胸元は恥ずかしくて直視できなかった。
少女の後ろに回り込むと、びくっと体を緊張させてすくみ上った。
たしかにやましい気持ちはあるが、そんな事はしない。そんな勇気があれば別のところで童貞を捨てている。お金を持ってお店に入るだけの勇気が僕は無かった。
ドライヤーから暖かい風とうるさい音が出る。
バスタオルとドライヤー片手に少女の髪を乾かした。
すごくいい香りがしてなんだかドキドキするとか、ついでに頭を撫でるとかいろいろしたが腰まである長い髪を乾かすのには結構時間がかかった。
ドライヤーを置いてすぐにカップ麺の蓋をあけた。
2つあるカップ麺をあけて、女の目の前に突き出した。
「先に選ばせてやろう。どっちか選ぶが良い」
くりくりした大きな目を2つのカップ麺に行き来し、片方を指さした。
選ばれなかった方を俺の目の前に持ってきて、割りばしを割り、豪快にすすった。
見せるだけで指示はすぐに入るから、手がかからなくて良いな。
2人で一緒にラーメンをすすり合った。
なんて状況だよ。自分の部屋で裸ワイシャツの美少女とカップ麺をすすり合うことがあるなんて。
もしかして運命の女神様ってやつがいるっていうのなら、ちょっとだけ信じてやらないこともないね。
ラーメンを食い終わった。このチープさがたまらない。
またスマホをいじっていたときだった。
「ごちそうさま」
自分じゃない声が響いた。
「え?しゃべれんの?」
「え?わたしの声聞こえるの?」
「ふっつーに聞こえてるぜ?」
二人して馬鹿みたいに目を合わせて首を傾げた。
「ふぅん、そういうことね。なるほど。はじめまして、わたしを部屋に連れ込んでくれてありがとう」
誘うように髪をさわりながら、女はそう言った。
「わからない。なぜ話せる事を黙っていた?はっきり言うけど、いま不信感が募ってる。目的は何だ?」
僕は女に敵意を持ってそう言った。
「目的なんかないわ。話せる事を黙っていたわけじゃない、さっきまで言葉が通じなかっただけよ。あなたにはわからないかもしれないけど、それがあり得るの。わたし、別の世界の住人だもの」
それを言い切る女の姿に嘘は感じなかった。
「マジ?」
「まじ、まじ」
にこやかな笑みを浮かべながら女は言った。
「よし、信じたい。僕は別の世界を信じたい。だからお前を信じる」
「信じてくれるの?私が言うことじゃないけれど、大丈夫?あなた騙されやすくない?」
「自分の夢に騙されるのなら本望だろ」
女は大きな声で笑った。おなかを抱えて体を揺らしながら、屈託の無い笑顔と目に涙を貯めながら。
「ほんと、可笑しいわ。ねえ、提案があるの、私を明日まで置いてちょうだい」
「べつに構わんぞ。考えたら断る理由が無い」
「へんなひと」と女は楽しそうに言った。
「その代わり別の世界に連れてってあげる。その世界での富と財を約束してあげるわ。働かなくても贅沢できるように手配してあげる」
なにこれ、特殊詐欺?異世界転移詐欺?とも疑ったがそれを言い放つ本人は屈託の無い笑みでにこにこしていた。
「僕はもう、働かなくていいの?」
「好きなことしてたら生活に困らないだけのお金が手に入るようにしてあげるって言うほうが正しいかな」
「なにもしなくてもお金が手に入る?」
「ええ、もちろんそのつもりよ」
「信じたい、信じたい。とても信じたい」
「信じられない?なら手始めに一緒にギャンブルに行きましょう。大勝ちさせてあげるから。それでわたしが運命を操れるって信じて欲しい」
僕の勝利の女神はピースしながら、そう言った。
何の根拠も無いその約束に僕の胸は高鳴っていた。
ふと、女性は体を乗り出し、目ざとく見つけた本を一冊手に取った。
四つん這いになった際の身体の丸い線が魅力的だった。とくに腰からお尻にかけてのラインと2つの太もものラインがすごい。
「へえ、よくできてるわ。もしかして、わたしの世界と交流があるの?」
手に取って読んでいる本は異世界ファンタジー図鑑。俺の異世界転生ラノベ棚にある中の一冊だった。
「異世界って本当にその異世界!? 他種族多民族封建制度の国家?エルフ、獣人、ドワーフ、天使に悪魔どんな奴らが住んでんの!?」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。わかった、わかりました。話すから、話すから先にひとつ教えて」
「ひとつ教える前にひとつ教えておく。今夜は寝かせないぞ」
「はぁ、長い夜になりそうね。私はセレナ。異世界の神よ。あなたは?」
「僕はふみまろ。神前史麿。現代の奴隷さ、よろしく神様」
「あなたちょっと順応性高すぎない?この国の人みんなそうなの?っていうかあなた奴隷なの?」
お互いに山ほど質問があることがわかった。
僕は冷蔵庫から缶のビールを二本取り出した。
熱い夜になりそうだ。
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