第7話 前世の目標


 洞窟にあった天井の穴。

 それを上ると左に出てきた大きな穴。


 今、僕はこの洞窟を――抜けた。


 この世界に来て、鳥になって初めての外。


 まず感じるのは陽の光。

 眩しくて一瞬、目を細めて下を向いてしまう。


 下を向くと緑が見えた。


 緑? なんだろう、よくわからないけど緑だ。


 いや、下よりもっと見たい場所がある。


 空だ。

 僕は綺麗な空を飛びたいんだ。


 まだちょっと陽の光になれずに目が開かないけど、ようやく慣れてきて目を開くことができる。


 空を見上げると、青く輝く光景が目に入る。

 何もかもを吸い込んでしまいそうな群青色。

 僕がどれくらいの高さを飛んでいるかはわからないけど、遠くの方には豆粒くらいの白く輝く雲が浮かんでいる。

 その雲もとても綺麗で、見たことないし聞いたことしかないからわからないけど、あれをダイヤモンドの輝きというのだろう。


 綺麗で雄大で……言葉にならない。いや、言葉にできないほどの光景が僕の目に映る。


 僕が見たかった光景は、これなんだ……この空を、僕は飛びたいんだ。


 空を見上げながらそこへ向かって飛んでいく。

 風を受けて飛ぶと上昇するときは緩やかになるけど、それがよかった。


 ゆっくり近づいていくその綺麗な空に胸の高鳴りが抑えられない。


 ん? あれ?


 僕は夢中になって上に向かって飛んでいたが、視界の端に青色の空ではなく黒色のものが見えた。


 少し視線をずらすと、僕が見ていた綺麗な空は一部だけで、他のところは真っ黒な雲で覆われていた。

 普通は真上を見上げる最中に黒い雲が目に入ると思うけど、僕は真上を見上げるまで眩しくて目を瞑っていたから気づかなかったのか。


 僕がいるところだけ晴れているから、あっちは雨なのかな?


 そう思ったけど、なんかおかしい。


 前世で病室の窓から見た雨雲とは全く違う。

 普通の雨雲は灰色に近いと思うけど、今現在空に広がっている雲は真っ黒だ。


 なんか嫌な雲で、僕の真上以外の空はその真っ黒な雲で覆われていて、他のところは太陽の光も通ってない。

 真上を見ると太陽が出ているのでまだ夜ではないのに、雲に覆われているところはもうすでに夜のようだ。


 異世界の雨雲はこんな感じなのかな?

 だけど雨雲のどこを見ても雨が降っている感じはしないけど。


 僕は雨雲を見渡すと同時に今まで上しか見てなかったから、下を向いた。


 さっき見えた緑、それはよく見ると木だった。

 それがいっぱいありすぎてパッと見たときはなんだかわからなかった。


 もしかして、あれを森っていうのかな?

 確か木がいっぱいあるところを森って言うんだった気がする。


 それで後ろというか、僕が出た洞窟の方向を見ると、そこは山のような感じだった。

 この山、結構でかいんじゃないかな? あんまり見比べたことないからわからないけど。


 僕が出た穴は自分にとっては大きかったけど、この山に空いた穴を見ると小さく見えてしまう。


 山頂に近いところにその穴があって、そこらへんは洞窟の中みたいに岩肌だった。


 真ん中あたりから緑、木が生い茂っていて僕の真下まで続いている。


 初めて見る森、そして山。

 綺麗な空の中を飛ぶという夢を持っていたけど、前世では人間だから本気で叶えようとは思っていないかった。

 だから前世で一番本気で叶えようと思ってたのは、森や海を見るということだった。


 父さんと一緒に見に行くというのが僕の目標だった。

 だけどそれは達成できずに、死んでしまった。


 だから森、山を見れたということも僕は目標を達成できたと言える。


 父さん……一緒には見れなかったけど、森、山を見れたよ。


 病室で僕を元気づけるように話してくれた父さんのことを思い出しながら、嬉しい気持ちと悲しい気持ちが胸を占めて複雑な気持ちで山や森を見渡していた。


 ん? あれ、森って途中から青くなるのかな?


 青い木がある、のかな? だけどあれ、なんか揺れてない?


 なんだろう、もう少ししっかり見たいから近くまで行こうかな。


 高いところを飛んでいたから、ちょっと高度を下げて地面に近づく。

 そこまで近づかなくても人間の時より大分目が良くなってるから、しっかり見える。


 え、もしかしてあれって……水?

 森が途中で終わって、水になってる。


 というか下を見渡すと僕の真下だけが森で、あとは視力が良くなった目で見渡す限りずっと水だ。

 森に近い水は陽の光を浴びているからとても綺麗な青色で、真っ黒な雲の下の水はちょっと濁って見える。


 見渡す限りの水、水平線まで水で埋まっている。


 あれ、これって……海?


 僕が父さんに聞いた海の特徴というか、話と同じだ。

 測りきれない水の量、これはおそらく海なんだろう。


 そうだ、海の水は塩っ辛いって聞いたことがある!

 飲んでみればわかるかも!


 僕は一気に急降下して、水に近づいていく。


 水のギリギリのところで止まって、生命力を使って浮き続ける。

 翼を羽ばたかせて浮き続けるのはできないってことはもう知っているから、生命力を使わないといけない。


 浮きながら頭を下げて水の中に嘴を入れて、飲む。


 っ!? 辛い! まずい!


 口の中に入れた水をペッ、ペッと吐き出す。

 一緒に炎も吹いちゃうけど気にしない。


 父さんに言われた通り、塩辛かった、しょっぱかった!

 やっぱりこれは海だ!


 僕は前世での目標をいきなり達成できたけど……まだ喜びが追いつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る