第190話 1ー1 地盤固め

 京都。

 日本列島西部、近畿地方に存在する日本の第二の首都。かつて都があったことから区画整理がされていたり、昔ながらの情景が残されている、日本最高の人口を誇る街。

 人口や都市部の開発具合を鑑みれば日本の首都であってもおかしくはない場所だ。港も近く、国際空港だって隣にある。ここを拠点としてもおかしくはないのだが、致命的にまずいことがある。これがあるからこそ、首都にできないと言ってもいい。


 魑魅魍魎という魔が、昼夜問わず徘徊していること。そしてその数は日本の都市の中でも最大。東京も日中魑魅魍魎が現れる場所だったが、その数も質も京都には劣った。そして今の皇居の周りに最大規模の結界が張られていることもあって東京を首都としていた。

 江戸幕府からの地続きという理由もあるが、魑魅魍魎も理由の大部分を占めている。東京の魑魅魍魎は人を襲わない雑多なものが多いが、京都は小さい魑魅魍魎でも襲われる可能性がある。そして魑魅魍魎に物理攻撃が通用せず、霊気を施した攻撃でなければ祓えない。


 魑魅魍魎を倒すには、専門職である陰陽師が必須。数も質も必要で、京都と東京どちらが魑魅魍魎の被害が大きいかという話。

 百鬼夜行と呼ばれる霊的災害、強力な魑魅魍魎が暴れる悪夢の発生率もこの二つの街では異なる。一般的な都市では十年に一度、人口が多い大都市なら一年に一度。東京の場合は一月に一度で、京都に至っては三日に一回だ。


 この頻度の差から、京都は首都に向かないとされた。それでも仕事があり、活気に満ち、古風な雰囲気に憧れて移住する人間が多く、京都の人口は増えるばかり。

 それが百鬼夜行を産んでいるとは露知らず。


 とにかく。陰陽師にとってのメッカであり、プロになった人間が地位と名誉に武勲を求めて志望する死地でもある京都。ここには呪術省という陰陽師の取り纏めをする省庁が存在していた。

 省庁なのだから本来は首都である東京になくては困るのだが、電話やメールといった通信技術の発展。どちらの方が危険かということ。東京支部を置くこと。これらの要因から首都から離れた場所に省庁の本部を置くことを認可され、京都に呪術省本庁があった。


 プロの陰陽師が国民を守る公僕、公務員であったために呪術省は国家の下に存在した。元々は陰陽寮という組織で、国とも近い立場ではあったが、そこまで密接な関係ではなかった。国からの援助をもらってはいたが、国と悪巧みをするような関係では断じてなかったのだ。

 呪術省へと変化してからは、戦争への介入を始め、権力への執着。資金隠しに身分詐称、接待。非合法な人身貸与、癒着。事実隠蔽に、闘争相手を失脚させるために呪術の使用など、目も当てられない腐敗ぶりだった。


 そんな腐敗の象徴である二本の塔。京都の中でも最も高い名ばかりのハリボテ。

 元・呪術省本庁は絶賛改修工事中だった。

 呪術省が陰陽寮に取って代わるから、ではない。いや、そういった理由もあるが、正確には十月一日、「神無月の終焉」で襲われた後にボロボロになった建物をいろいろなゴタゴタのせいで直す暇がなかったというのが正しい。


 当時妖の襲撃によって近くの道路と建物、そして呪術省の外壁が損傷。まずはインフラ整備ということで車も行き交う近くの道路の修繕から手をつけ始めたこともそうだが、呪術省自体の混乱も数多くあったために修繕は後回しにされていた。急いで直さなくても建物の崩落などは起こらなかったからだ。

 呪術省主導の人体実験。死体を再利用するという悍ましい兵器の開発。呪術省上層部の数々の汚職に隠蔽工作。職権乱用などなど、調べなくてはならないことが多かった。更には一連の法師によるクーデターを良しとしなかった土御門・賀茂両家の反乱を収めるために旧呪術省総出になったため、建物なんて二の次に。


 警察や天海瑞穂が組織する第三者委員会という名前の妖軍団による呪術省内の取り調べが急務とされ、土御門・賀茂の隠蔽が終わる前に資料の接収。更に反乱を起こした両家への取り調べも同時に行い、確たる証拠を揃えるのに時間がかかった。

 これに合わせるように龍と土蜘蛛が日本を闊歩するという出来事もあったので、陰陽寮の再編は遅々として進まなかった。


 空席になってしまった朱雀の選定やこれからの政府との関係の見直しなど、最低限のことしかできていない。その最低限がようやく済み、建物の修繕に乗り出せたわけだ。

 呪術省から陰陽寮に変わるからといって建物があるのなら再利用した方が手っ取り早く、研究施設や資料保管庫としては利用できるので明はこのまま呪術省本庁を改築することで陰陽寮とすることにした。


 上層フロアの三層くらいは明が壊したのだが、それは元呪術大臣が壊したことにした。実際監視カメラに映っていたのは黒いローブを被った人物であり、土御門晴道が大百足を屋内で呼び出さなければ床をぶち抜くという荒技に出なかっただろう。

 呪術省もこの建物が大事なお城だと認識していたのか、耐久性は素晴らしいの一言だった。フロアの一部が崩壊していても全体には一切影響がないというのは設計士たちが頑張ったのだろう。


 京都の街は壊されやすい。百鬼夜行がすぐ起きて、朝になると壊された建物が多く、土方は日本全体を見ても最も多くいる。昔ながらの建物を修繕するために職人や修復士も多く、街並みが綺麗に戻るのはこういった建築業に関わる人間たちのおかげだ。

 陰陽師も瓦礫の撤去に簡易式神を用いるなどしているが、彼らのほとんどはプロになれなかった者たち。そういう人でも陰陽術を活かして就職する人は多い。陰陽術は様々な分野に応用が効くからだ。


 陰陽寮の外壁には痛々しくもブルーシートがあちこちにかけられていく。中も似たようなもので、どこから直していくかを責任者たちが見て回っているところだ。

 そんな修繕が始まった陰陽寮のある一室。小さな休憩室のようだが、畳が敷き詰められた和室で明は横になっていた。近くにいた珠希が出したままにしている九本の尻尾に包まりながら。


「あ〜……。癒される……」

「ハルくん。あと一時間もしたら五神の皆さんが来る時間ですよ?」

「じゃああと三十分……。準備に十分もいらないから、早めに見積もっても三十分はこうしていられる……」

「フフ。記者会見お疲れ様です。ネットニュースとか凄いことになってますよ?いわゆる炎上ってやつです」


 珠希が携帯電話でネットを見ながら笑う。

 昨日、明が記者会見をしてそれに対してSNSやネットサイトのコメント欄が大熱狂しているのだ。情報社会だけあって、様々な情報、意見、誤解などが行き交いしていて傍観者である珠希としては対岸の火事を見ているようで楽しかった。


 真実を知っている身からすれば凄い極論も面白いし、どうやったらそんな考えになるんだろうと思考を費やすのも楽しい。

 とはいえ、この内容を神々に見せたらまた爆発して日本が更地になりかねないので、珠希だけの楽しみとしているが。


「どうせ、あんな高校生が安倍晴明のはずがないとか、そんなのだろ?」

「そうですね。転生っていうものが創作だけで終わってしまっているからこそです。わたしたちは変性も転生も知っているから、ただ権能を用いずにそうしただけなのに、一般人の皆さんじゃ信じられないんでしょうね。あ、肯定的な意見も多いですよ?高校生とは思えない凛とした姿とか、転移の術式が使えるなら陰陽師として最高峰なのは間違いないとか」

「姫さんもできたことで褒められても。……ま、信じなくてもいいさ。陰陽寮を貰えばこっちのもんだ」


 ネットの意見だと、明が晴明の産まれ変わりだと信じているのは七割ほど。過半数を超えているのだから凄いものだが、その理由としては法師との術比べの結果が大きい。

 若干十六歳で一千年生きた道摩法師に勝ち、彼の霊気を譲渡された。その事実があり、更には五神の式神が明を晴明と認めたこと。これらから法螺ではないだろうという推測と共に明と法師の術比べがネットで大反響。


 しかもその術式について有志が解説をする動画などを配信。論文じみたものから気軽なものまで多種多様にネットの海に転がった。その解説を見て、五神を超えているんじゃないかという推測が大多数になり、いくら安倍家の末裔とはいえありえないという話から、晴明の産まれ変わりだという方がよっぽど信じられるという終着の仕方。


 反対意見を言っているのは、転生などファンタジーの一環でしかないとか。そもそも法師が偽者だった、解説してる奴が素人などなど。

 逆に納得している人間でこれまた面白かったのが自衛隊に所属している陰陽師崩れ。陰陽師としてはそこそこの実力がある彼は、任務で空中を哨戒している際に日本の外側に対する方陣を発見。


 それは前に哨戒した昨日の日中にはなく、今日にいきなり現れていたと。その今日というのが明と法師の術比べがあった翌日。明が術比べの後に方陣を張った様子をカメラが捉えていて、それを見てやったのは彼だろうと。日本の守護者なんてやってくれる高校生というよりは偉人の産まれ変わりの方がロマンがあっていい。


 と、航空自衛隊のエースパイロットによるリーク情報とコメント。これには空の哨戒中の映像も載っているために、陰陽師たちが確認して馬鹿でかい方陣だと確信していた。

 そのエースパイロットさんが機密情報漏洩などで罰せられないかが心配だ。


「ハルくん。また晴明紋を羽織っていくんですか?」

「ああ。もう俺のトレンドとして表に出る時は着るよ。……あーあ。地元でゆっくり当主として過ごすなんて、土台無理だったんだなあ」

「それは言わないお約束です」


 明は溜息を吐きつつも、珠希の尻尾に顔を埋める。

 支度を始めるまで、あと二十分。


────


 陰陽寮の三階にある、小さな会議室。十人ほどが入れればいいという程度の小さな部屋。

 そこで俺とミクは五人を待っていた。五神の面々だ。記者会見やら何やらやった後だが、まだ陰陽寮として運営方法など一切話していない。その辺りを決めるためにまずは陰陽師のトップと話さないといけない。


 そうは言っても、先んじて陰陽大家の代表とは話し合いを済ませている。記者会見などを整えてもらったのは彼らのツテによるものだ。土御門・賀茂シンパの家は陰陽寮からの脱退を宣言してプロも辞めるという事態もあったが、去る者追わず。内部に膿が残っているよりは放り出した方が気が楽だった。


 そういうわけで、最低限の根回しだけが終わっている段階だ。呪術省に勤めていた一般職員や運営に関わっていて土御門・賀茂両家と関係のなかった人たちは通常業務に当たってもらっている。やることは呪術省の頃からそこまで変わらないんだから。


 集合時間の五分前。外で待機していた銀郎が扉を開ける。入ってきたのは現職の五神と星斗。それぞれ適当に席に座って、俺が立ち上がり挨拶をする。


「五神の皆様方。この若輩者の招集に応じてくださり、誠にありがとうございます」

「ふん。本当に安倍晴明の産まれ変わりだというのなら、若輩者でも何でもなかろう」


 青竜である奏流さんが腕を組んで外方を向きながらそう発言する。

 精神年齢を考えると、この場にいる誰よりも上になる。けど肉体年齢ではただの高校生だ。

 姫さんのように幼い時から麒麟だった、というような実績があるわけじゃない。


「それは認めてくれたということでよろしいですか?」

「青竜に確認済みだ。ここにいる面々は既に認めている。……法師を取り込んだのは、元々貴殿が産み出した存在だからか?」

「はい。正確には私と玉藻の前が二人で彼を形付けました。日ノ本統治のために人手が欲しかったのです」

「──となると、そこな少女が玉藻の前か。泰山府君祭とは転生のための術式だったと」


 奏流さんが勝手に納得しているが、それは違う。ミクの正体はその通りだけど、泰山府君祭はただそれだけの術じゃない。

 正確には神ではない者が神に憧れて、権能の真似事をする術式全般を指す。実際の権能でできることができなかったり、できないことができたり。用途は様々で、色々な区分をしていないだけの大雑把な術式だ。


 それにこれが使えるのは今や俺とミク、金蘭だけ。教えれば姫さんや先代麒麟でもできるんだろうけど、二人とも必要としないだろう。だから泰山府君祭はこのまま秘匿する。


「珠希ちゃんが玉藻の前ねえ。二人とも、それは公表しないの?」

「今のところは。珠希にはこのまま学校生活を続けてもらいますし」

「君と仲が良くて婚約者なんだから、バレるんじゃない?今月頭に晴明と玉藻の前が夫婦だったって日本中が知ってるんだし。そういう推測もネットに流れてるゼ?」

「それで珠希に実害が出るなら食い止めるために策を練りますけど。──珠希、この日本で一番強いですよ?」


 大峰さんの質問に、だからどうしたと返す。実力で排除するなんてまず無理だし、何かしようとしても銀郎と瑠姫、ゴンが守る。それだけ護衛がいたらミクを害するなんて無理に等しい。

 俺が吟と金蘭と式神契約をし直したことを契機に、銀郎を正式にミクに預けた。ゴンも元々ミクの眷属だったんだから押し付けようとしたらゴンに却下を喰らった。どっちが主でも変わらないだろうに。


「明。別に二人なら問題ないとは思ってるから心配もしてないんだけど。……俺たちはどっちで呼べばいい?俺としてはお前たちの正体と、吟様に金蘭様までいらっしゃるから胃が痛いんだが……」

「別に今まで通り明と珠希でいいよ。父さんたちに貰った名前なんだから、そっちで通せばいい。今までも次期当主として敬ってこなかったお前なんだから、今更遜られても気持ち悪い」

「そ、そうか。ならそうする」


 星斗が凄い小心者的な発言をしているけど、そんな確認なんてしなくても。難波家が安倍晴明と玉藻の前、それにお狐様を信奉していて、極小数には吟と金蘭の存在を示唆していたとはいえ、そんな存在が目の前に現れてどうするかなんて今更だろう。

 現に、ゴンっていう前例がいたんだから。


「なあ、明。何で俺も呼ばれたんだ?一人だけ場違い感が半端ないんだが」

「そんなことないですよ、センパイ!オブサーバーとしてセンパイは必須です!」

「そうだよ!今朱雀は空席だし、このメンバーに匹敵する陰陽師なんて星斗さんしかいないって!上層部も混乱したままで朱雀の選定が進んでいないっていうし!」


 星斗の疑問を否定するマユさんと大峰さん。ケッ、両手に華で羨ましいこって。夢月さんが空から泣いてるぞ。……何でミクは俺の方を見て「似た者同士だなあ」みたいな目線向けてくるんだ。甚だ遺憾だ。

 星斗を呼んだ理由は二人の言葉で強ち間違っていない。今や星斗を一陰陽師として手隙にしておくほど余裕がないわけで。

 実力者や頼れる人たちが軒並み隠居、勇退してるんだよ。


「星斗は今、朱雀の近似点持ってて、実際に朱雀を詠べるだろ?なら五神ってことにしても問題ないし」

「誰も受け取ってくれないから仕方なくだぞ⁉︎先代麒麟が置いてくから、貴重な物だし保管はしておかなくちゃって!」

「そのまま朱雀やってくれ。人手不足」

「お前か珠希お嬢さんがやればいいだろ⁉︎」

「陰陽寮の建て直しを主にやって、なおかつ学校にも通わなきゃいけない俺たちに仕事増やすなよ!っていうか、俺にはこれ以上式神必要ないわけ!十二神将としての契約とは別で、京都守護のための要石が必要なんだよ!」


 いくら霊気や神気が増えたとはいえ、式神とひたすら契約すればいいという話でもない。むしろガス欠になるからこれ以上式神は必要ない。

 昔の陰陽寮が五神のシステムを弄ったから、俺以外の契約者が必須になってる。別に寿命を削るわけじゃないんだから何が不満なんだか。香炉家として地元に帰る理由はなくなってしまったんだし。


 香炉家としても五神を輩出したことは名誉になるはず。それに新しい婚約者候補を探すように厳命されてるって知ってるんだぞ。京都に残るのは問題ないはず。

 というか、その候補二人がそれこそ今隣にいるじゃないか。


「他の五神候補は?」

「八段として平凡。九段の実力があるのはお前しかいない」

「……お前がダメでも珠希お嬢さんなら余裕があるんじゃ?かなりの霊気だし」

「だからわたしには学校があるんですって。それに五神は日本国民からしたら頼れる陰陽師の顔なんです。プロの資格すら持ってないわたしより、八段っていう実績がある星斗さんがやるべきかと」

「星斗、諦めろ。我々は日本守護の大任を請け負うべきだ。まだ高校生の彼を支える必要があろう」

「……他に適任がいたら譲るからな」

「いたらな。はい決定」


 奏流さんに促される形で星斗が承認。全く、駄々こねやがって。

 それと、他に適任なんていないだろ。当分そんな逸材は現れない。星斗はもう少し自分の実力をちゃんと把握すべきだ。

 この中でも埋もれることない実力者なんだから。確実に陰陽師トップ十指にはいるのに。


「……他にいる凄腕って、瑞穂さんか師匠の先代麒麟になるのかな?あの二人って戻ってくるの?」

「戻ってこないですね。先代麒麟は既に他の道を歩んでいますし、天海瑞穂さんはこれからが大変ですから」

「あー……。肉体年齢止める呪術を仕掛けられてたんだっけ?死んで式神にしたって偽装するために」

「はい。その影響を調べるためでもありますが、彼女は数年ほど忙しくてこっちになんて関われませんよ」

「ん?瑞穂さん、何かやることあったっけ?」

「え?だって妊婦さん・・・・ですよ?働かせるわけにいかないじゃないですか」


 身体に支障が出たら困るから、ひとまず色々な雑事から手を切らせたのに。あの歳で出産は何かしら危険があるかもしれないから万全な状態で出産を迎えて欲しいし。

 大峰さんも何でそんな当たり前のこと聞いてくるんだか。

 そう思ってたら、ミクを除く全員が目を丸くしていて、鳩が豆鉄砲を喰らったかのように口をすぼめていた。


 え。何その反応。

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